2009年11月 9日 (月)

基調音「おと な り」

聴いていると穏やかな気持ちになれる音
心地よくて、当たり前のように自然と受け入れられる音
それを『基調音』というらしい。

音楽に好きなジャンルがあるように
『音』の好みも人によって違う。
自分には癒される音でも、人には雑音にしか聞こえないことだってある。

風で草木が揺れる音
強い風で大木の枝がきしむ音
夏の終わりに川原に響くひぐらしの鳴き声
ビオラの重厚な響き
分厚い小説をパタンと閉める音
熟睡中の「にゃにゃにゃにゃ」猫の小さな寝言
寝静まった深夜、遠くから聞こえる列車の音 etc
私の好きな音は、まだまだいっぱいだ。

少し前に観た「おと な り」という映画は
この基調音がたくさん詰まっていた。

音が筒抜けの木造アパートの隣同士に住む男女
ふたりとも結構長く住んではいるものの、一度も顔を合わせたことはない
キーホルダーのカギがぶつかるわずかな金属音
コーヒー豆を挽く音
可愛らしいくしゃみ
ベランダで洗濯物をパンパンと叩く音
いつも聞こえる同じ曲の鼻歌
レコーダーに合わせて復唱されるフランス語
壁を挟んで感じられる涙
それに重なる励ましの歌声
隣から聞こえる音で互いの存在を確認し
互いが発する音がなぜか心地よく…そして惹かれあう

物語では、同じ場面でふたりが一緒に登場するシーンはない。
(実はお互いの存在を知らずに登場するシーンはある)
エンディングで初めて顔を合わす。
しかし私には、最初からふたりが、同じ風景で同じ感覚を共有していたように思えた。
知らないうちに、陳腐な言い方だが、赤い糸を手繰り寄せるかのように
次第にふたりの距離は縮まっていく。

人を好きになるとき、容姿やスタイルも大きな要素だが
「音」も重要なのではないだろうか。
その人の発する音が、好みの音でなかったら
一緒に過ごすのが苦痛になることだってあるだろう。
お互いの基調音が同じだったら、一緒にいて心地よいだろう。

さて、物語のふたりのその後はというと
エンドロールが流れる中の会話だけで想像できる。
基調音が同じふたりですから
私の妄想に間違いはない。
 ※後日、私の頭の中では、その後のふたりの歩みをかなり先まで作ってあるのであしからず。

たまには映像にとらわれず
音や感覚だけで、季節を感じてみてはいかがでしょうか。

何この匂い?
なんかおいしそう。
うわっ、とたんにお腹すいてきた。
ラーメン食べたい。

私の場合、どうも邪念が入りすぎるようだ。

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2009年11月 2日 (月)

洗顔 アンチエイジング

肌の衰えも『寄る年波には勝てぬ』わけで
しわ、しみ、くすみ、くま、乾燥etc.
ふぅ、書いているだけで落ち込んできそうだ。

同じような悩みを抱えている人は多く
やれ美容液だ、いや化粧水だ、コラーゲンだ、と宣伝は後を絶たない。

宣伝文句に多少食いついてはみるものの
とんでもない高価な商品には手が出せず(出したくもない)
「歳をとったら当たり前。顔のしわも生きてきた年月がでていて、いいじゃん」
と無理やり自分に納得させている今日この頃だ。

しかし一応、これでも女ですから
最低限きれいでいたいと思う気持ちは否めない。
そこで安価でできる方法はと
洗顔 アンチエイジング とネット検索したところ
巷でよく言われている洗顔方法が、ダーーーーっと出てきた。
細かい違いはあるが、基本は大差はなく

①石鹸をよく泡立てる、きめ細かい泡で洗う
②ごしごし洗うのではなく、指先で撫でるように洗う
③すすぎはしっかりと、水をはじかせるように
④朝、夜と必ず行う

大それたことではなく、なんてことない内容だ。
「これだけで本当に効果があるの」
半信半疑だが、思い立ったら実行に移さないと。
朝・夜と洗顔を欠かさず実行することにした。

1週間くらいでは変わらない。
1ヵ月余経っても、これといって目立った変化はなかった。
あまり変化がないと、続ける意味があるのかと、疑問が頭をよぎる。
面倒くさいときなどは洗顔せずに寝てしまおうと何度も思った。
時間にすると3分ほどのことでも、毎日欠かさずとなると結構大変だ。
調子が悪いときも、寝坊して時間がぎりぎりのときも
欠かさずに続けて8ヵ月あまりが過ぎた。

結果、明らかに肌質が変わったと実感している。
まず、ファンデーションの付き方が違う。
しわも減ったような、くすみも少なくなったと、自分では思う。
傍から見たらわからないかもしれないので
あくまでも自己評価の域だが。

私が誇れることは、続けることができることだ。
人より器用でもなく、抜群に頭がよいわけでもない。
始めは劣っていることでも、繰り返しやっているとなんとかなることもある。
確実に1回目より100回目は進歩しているから。

できないことはたくさんある。
それは仕方がない。
生まれ持っての才能、能力、資質は人それぞれで平等ではないだろう。
しかし、「続ける」ことは誰にでも平等に与えられているチャンスだと思う。

『継続は力なり』

洗顔ネットで石鹸をよ~く泡立てながら鏡に向かって考えた。
「もしかすると、続けられることも才能のひとつかもしれない」
ふふん。
鼻の上に泡を付けながら鼻を鳴らした。

たまには、ちょっと偉そうに自慢してみようかな。

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2009年10月26日 (月)

気をつけて

自転車かごに食材をしこたま入れ
前にひとり、後ろにふたり、計三人の子どもを乗せた、母親を見た。
その後ろを幼稚園ぐらいの子、また後ろに小学年低学年のふたりの子どもが
必死に自転車で後を追いかけていた。

母親は後ろから来る子どもが気になったのだろう。
「大丈夫?早くしなさい」
と後ろ向きで大きな声で叫びながら自転車を止めた。
次の瞬間、私は息をのんだ。
自転車がよろよろとバランスを崩したのだ。
『わっ、危ない!』
道の反対側にいた私には成すすべもない。
おかしなもので、自転車に届くわけもないのに手を伸ばしながら
その光景を見つめていた。
まるでスローモーションでも見るように。

よろよろとよろめいた自転車を、なんとか踏んばり立て直そうとする。
こういった状況での子どもを守ろうとする母親には底力がある。
食材には目もくれず、子どもを支えることに集中している。
かごから食材がこぼれ落ちる。
しかし、母親は頑張った。
むんずと自転車を持ち上げ、最悪の事態は免れた。
『ああ、よかった』
人ごとながら、ほっと胸をなでおろした。

近くにいた人が、落ちたネギを拾って渡した。
母親は軽くお礼を言いながら受け取り、ネギを所定の位置に入れなおした。
「さあ、行くよ」
母親は自転車にまたがり、
家族は何もなかったように元の陣形で去って行った。

最近、自転車の複数乗りに対する規制が厳しくなった。
ふたり乗りは道路交通法違反で罰せられる。
メーカー各社で複数乗り自転車を開発しているが
高価格、利用勝手の不評から、あまり普及していないのも現実だ。

私も息子が小さい時は、自転車に乗せて移動した。
子ども用の座席を前に取り付け、スーパーマーケットへと向かった。
行きはまだ余裕があるが、帰りは荷物と息子の体重で
何度もヒヤッとすることがあった。
ひとりを乗せているだけでもこうだ。
しかしこの親子は、
母親+三人→なんと四人乗り、バランスが悪いどころの話ではない。
大げさに言えば、母親ひとりで子ども三人分の命を握っているのだ。
思わず背筋がぞっとした。

子ども五人を育てている、このおかあさんは立派だ。
少子化の現代において、なんてすばらしい。
小さな子どもを自転車に乗せて移動しなければならないことも
全員乗せることはできないので、
ある程度の年齢の子どもは自分で運転させなければならないことも、わかる。
ただ…
気をつけて。

走り去る親子の背中を見送りながら
思わず呟いた。

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2009年10月18日 (日)

記憶に残る選手

記憶に残る選手になりたい」
多くのアスリートが口にする言葉だ。

スポーツを大別すると
記録そのものが結果につながるものと、そうでないものがある。

前者は陸上競技や水泳競技など、
見たまま、嘘も隠しもなく、一目瞭然の結果で選手は表彰台に上ることができる。
こういった競技に携わる選手は「記録を残す」ことを目標に
少しでも速く、遠く、高くと努力を続けている。
しかし後者、体操競技など点数で評価が決まる場合は
きちんとした点数基準は決まっているとはいえ
想定していなかった結果に、一喜一憂する選手の姿がある。

見ている私たちにとっても前者の場合は納得できるが
後者の場合はそうではない。
どうしても自分の好みやひいきの選手には気持ちが入ってしまうため
結果に対して首をひねったり、憤りさえ感じることがある。

これからの季節に熱い戦いを繰り広げるフィギュアスケートもそのひとつだ。

『浅田真央さん(以下、真央さん)
言わずと知れた、フィギュアスケートの選手である。
私は彼女の大ファンだ。
いや、ファンなんておこがましい。
息子と近い19歳の真央さんを、彼女のお母さん世代の私は尊敬している。
スケートに対するひたむき且つ真摯な姿勢は清々しい。
また、失敗して辛いときでも必ずインタビューに応える姿には頭が下がる。
全てに逃げないで向き合う彼女を、密かに応援せずにはいられなくなった。

彼女の演技も素晴らしい。
見ているだけで、涙が出そうになる。(実際に出ることもしばしば)
時に癒され、時に荘厳な崇高な気持ちになる。
滑らかなスケーティング技術と軽やかなジャンプ
美しい容姿からは想像できないような、時折垣間見れる力強さ
これほど全てにそろった魅力的なスケーターは類をみない。

振り返ると
サーシャ・コーエンの「黒い瞳」、ミシェル・クワンの「シャヘラザード」
このふたつの演技は、強烈なインパクトがあった。
他にも、イリーナ・スルツカヤ、伊藤みどり、古くはジャネット・リンなど(以上敬称略)
印象に残る選手が多い。

この選手たちの共通点は…
オリンピックで金メダルをとっていないのだ。

特に、ジャネット・リンは札幌オリンピックの妖精と言われ
彼女の愛くるしい表情は、絶大なる人気を博していた。
当時のことを思い出してみたのだが、
そのとき金メダルと銀メダルをとった選手は微塵も思い出せない。
しかし、銅メダルをとった彼女の笑顔は、35年以上経った今でもはっきりと覚えている。

まさに「記憶に残る選手」だ。

真央さんは、間違いなく「記憶に残る選手」である。
もちろん、彼女の場合は「記録に残る選手」でもある。
(オリンピックの結果がどうこうではないので、あしからず)

誰かのファンだと書くのが、気恥しい私だが
最近のマスコミ報道をみて憤りを感じ、思い切って書くことにした。

報道とは、社会の出来事を広く知らせることだ。
その報道が事実を伝えなかったらどうなるのか?
「大差」とあった表現も
何が大差なのか筆者は責任を持って説明できるのか、おおいに疑問だ。
逆に、大差になった理由に疑問を持って調べ、報道してもらいたいものだ。

自分の目標に向かって一生懸命努力している選手がいる。
ファンである周りの私たちは
選手の動向に心動かされ、感動し、涙し、悔しい思いもする。
応援することは自由だし、なんの制限もない。
しかし、自分が実際にやっているわけではないことを肝に銘じておかなければ。
今回は少々熱くなったことを反省した。


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2009年10月10日 (土)

『誰』が言うか

何を言うかではなく、誰』が言うか
コーチングでよくつかわれる言葉だ。

同じ言葉でも、相手への伝わり方は違う。

信頼している人からの言葉は
心に響き、癒され、励まされ、喜び…
素直に自分を見つめ直すきっかけになることも多い。

それに反して、
「あなただけには言われたくない」なんて
反発し、怒り、落ち込み、悲しみ…
逆効果になっていまうこともある。

”同じ言葉なのになぜ”

そりゃあもちろん
言った相手が違うからだ。

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した。

周りには、好意的な意見だけでなく、批判も多い。
受賞に対する感想のインタビューで最も多かったのが
「ひとことだけでなぜ」というものだった。

不思議だった。

”なぜ「なぜ?」なのか”

だって、そのひとことを言ったのが
他ではない、オバマ大統領だから。

このひとことを言った
立場、状況、そして周りに与える影響力。
どれもこれも、とてつもないことだろう。
この言葉の裏に、どれほどの勇気と決意が込められているか
私ごときには計り知れない。

ひとことが与える、言葉の重みをひしひしと感じた。

まさに「誰が言うか」だ。

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2009年10月 4日 (日)

便利になったもんだ

銀行窓口の営業時間は、大体が9:00~15:00である。
もろに仕事時間と重なる私にとっては、
手続き等で訪れるのは、かなり厳しい状況だ。

金銭の授受は、ATMという便利なものがあるので
手数料を払う気になれば、ほぼいつでも使えるようになった。
そして公共料金の支払い等は銀行引き落としにすればよいので
こちらも問題はない。

差し迫って一番困るのが、通帳がいっぱいになり新しい通帳に更新するときだ。
長い間記帳していなかった付けが回り、まとめてしたものなら
ジジジジジジーーーーーーーーーと
機械の記帳音が長く続く。
挙句の果て「通帳がいっぱいですので窓口まで」なんて、
機械のお姉さんに誘導されてしまう。
しかし、窓口業務は終了後。
結局そのまま。
終了した通帳を手に、時だけ過ぎていくのが常だ。

先日も、同じ状況だった。
通帳を確認したところ、あと2行しか残っていない。
「まずい」と思いつつ、通帳をATMに入れ
『いつ手続きに来れるだろうか』と予定を頭の中にめぐらせた。
すると、機械の音がいつもと違う。
ウィ~ンウィ~ン言っている。
故障だろうかと心配になったが、そうでもなさそうだ。
何やら考えているようにも思えなくもない。
『ぎりぎりの通帳なんか入れたから
どうしたらいいのか迷っちゃったのだろうか。ごめんね、ATMさん』
そんなことを考えながら待っていると
「更新の手続きをしておりますので、しばらくお待ちください」
機械のお姉さんが、お辞儀をしながら優しく言った。

え-----!
窓口に進まなくてもいいんだ。
ATMが新しい通帳を作ってくれるの?
終了後の通帳はどうなるの?
それより、いったい何が起こっているの?

ぐるぐるまわる疑問は、数分後に解消された。
更新された新しい通帳がATMから渡され
次に、終了の処理をされた古い通帳も手元に戻ってきた。

便利になったもんだ。
つくづく思った。

私たちを取り巻く、サービスの進歩は目覚ましい。
利用者がより使いやすいよう、日々変化している。
ATMに限らず、他のサービスしかりだ。

しかし、機械にめっぽう弱い私には、いまひとつピンとこない。
今回も
「ホントは、機械の裏におじさんがいたりして…」
こう思ったのは、私だけ?

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2009年9月26日 (土)

ドラクエ攻略にみる『自我状態』

私のゲーム好きは知人や学生の間では周知の事実だが
よそいきの講師の顔だけをご存じの方には、意外に思われることがある。
先日も、交流分析の師匠(?)から、
ドラクエのうんちくを傾けて語っていたところ怪訝な顔をされたので
ここはひとつ、ゲームと交流分析を絡めて書いてみることにした。

ドラゴンクエスト作戦コマンドの中に
主人公(自分)以外の操作を変えることができる機能がある。
主人公は自分自身なので、当然ゲームを進める本人が操作するわけだが
一緒に旅をする仲間をオート操作できるというものだ。
この機能を使うことで、面倒な操作を省き、時間の短縮につながることもある。
①ガンガンいこうぜ…現在できる最大攻撃を駆使し、できるかぎり早く敵を倒すよう戦う
②バッチリがんばれ…攻撃と回復の両方に気を配りバランスよく戦う
③いろいろやろうぜ…言葉とおりいろいろやり、何が出てくるかわからない戦い
④いのちだいじに…回復や防御に気を配り、とにかく味方が死なないように戦う
⑤MPつかうな…魔法等を使うと減るMPを温存し、道具や普通攻撃のみで戦う
⑥めいれいさせろ…主人公と同じように仲間もすべてプレーヤーの指示で戦う

そして、自我状態とは
CP…支配的な親(がんこなおとうさんのイメージ)
NP…養育的な親(面倒見の良いおかあさんのイメージ)
A…成人(冷静で理論的なおとなのイメージ)
FC…自由な子ども(元気でのびのびした子どものイメージ)
AC…順応した子ども(穏やかで遠慮がちな子どものイメージ)
以上5つに分けられる。
この自我状態を図にあらわしたものが「エゴグラム」
個々のキャラクターを目で見て理解する道具として使われている。

ゲームのコマンドと、自我状態に関連があるのかって?
コマンド設定にもプレーヤーの性格が如実に表れる、と思う。
以下、私個人の主観のもとに分析してみた。

①「敵をとにかく早く、ガンガンやっつけたい」CPが高い人が好みそうだ。

②「全体に気配りをし効率よくバランスよく進めたい」Aが高い人が好みそうだ。

③「何が出てくるかわからないところがおもしろいじゃん」FCが高い人が好みそうだ。

④「味方を死なせるものか、皆で仲良く行きたいわ」NPの高い人が好みそうだ。

⑤「何かあったら困るからMP温存しておかないと」ACが高い人が好みそうだ。

そして、「⑥めいれいさせろ」は
言葉の意味からすると、上からモノを言っているのでCPが高い人だと思われるが
『味方全部を操ることにより、一番効率的で無駄のない戦い方をしたい
機械に任せずに、自分で考えたデータをもとに進めたい』
という、最もAが高い人が好む方法だと、私は強く思う。

さて、私の好みのコマンドはというと
内緒にしたほうがよさそうだ。

今回は独断と偏見で、ドラクエ攻略にみる『自我状態』と題し
自分なりに分析してみた。
いや~、おもしろい。
ほんとは、もっともっと書きたくて長い論文にしたいくらいだが
著作権と皆さんの批評が気になるので、これぐらいにしておこう。

実はその他にも、
「ドラクエからみえる人生態度」
「ロールプレイイングと人生脚本」
「ゲーム主人公の人生脚本」
いろいろ書けそうなんですけど
これを本論文にしたら、間違いなく却下されるだろうなぁ。

師匠、いかがでしょうか?

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2009年9月20日 (日)

パソコンサーバーの故障

パソコンの画面ではない付属の箱型の黒い機械が故障した。
この部分を『パソコンサーバー』と世間では言うらしい。
部位の名称がすっと出てこないほどパソコン音痴ということを
ご理解いただけたでしょうか。

タイトルには『故障』とつけたものの
実は、壊れたかどうかはその時点では定かではなかった。
サーバーのマウスをつける部分から
得体の知れない小さな部品がポロッと落ちただけだったから。
(後日、部品が取れたことを故障ということを知った)
しばらくそのまま使っていたがまったく問題なく時間は過ぎ
「小さな部品が取れたくらいではなんともないんだ、パソコンってすごい」と
パソコンに人並の根性さえ感じていた。

そして、先日その部分横にUSBを取り付けたところ、電源が落ちてしまう現象がおきた。
取り付け部分も、フニャフニャしていて心もとない。
「これは故障に違いない」とやっと気づいた。
何故もっと早く気がつかなかったのか、って?
だって、機械が動いていたんだもん。
動いているうちは、私にとっては故障ではないのだ。

早速、保証書を引っ張り出して相談窓口へ連絡する。
やっとつながった電話だが説明もどうしていいのやら。
しどろもどろになりながら考えた挙句、一番上に書いてある説明をすると
パソコンサーバーの故障ですね」
とても冷静な一言が返ってきた。
その後のやりとりで、購入店舗へ持ち込むことを求められた。
これはすぐに対応しなくてはと、購入した某家電量販店へ持参した。

対応してくれたのは、機械にとても詳しい男性店員さんだった。
サーバーの状態を丁寧に説明してくださったが、理解できない言語がいっぱいだった。
これ以上、お互いの貴重な時間をつかっても埒があかないので
「つまり、修理しなくてはならないということですか」頷く彼に
修理期間の目安と修理代金について単刀直入に訊いた。
すると私の質問に対して、曖昧な答えが返ってきた。
「修理期間ははっきりとお約束できませんが、だいだい2週間ほどで・・・
そして修理代金ですが、これも詳しい状態を調べてみませんと、
そもそもこの状態でしたら修理で直るかどうかも未だわかりませんので・・・」
最後の言葉を訊いて不安になった私は
このパソコンは購入してから1年以内で5年保証にも入っていること
もし修理できなかったら、データはどうなるのか
それにこのパソコンは結構高かったから、まさかこんなに早く壊れるとは思わなかった
1年以内に壊れるということは、こ機械自体の欠陥であるので
もし修理できなかったら保証期間中なので交換していただけるのか 等
最後の方は愚痴のようになってしまったが、自分に都合のいい話をしたと記憶している。
すると、男性はきっぱりと「交換できるのは購入してから1週間以内です」と言った。
いかに説明書を読んでいないかという自分の浅はかさは置いておいて
交換してもらえるのは1週間以内という事実を初めて知った。

『1週間以内!故障しても交換してもらえないのに等しいじゃん』心の中でくだを巻いた。

しかし故障は直さなくてはならないことは現実問題だ。
そのままパソコンを預けることにした。
次の問題は、修理期間中の2週間を乗り切る手段を見つけることだ。
現在、仕事の依頼・連絡はパソコンメールが主のため、
2週間が空白になることは避けたいし、私にとっては死活問題だ。
男性からミニパソコンをすすめられた。
サーバー修理を目的にきた私は、結局新しいミニパソコンを購入して家へ帰った。

また勉強になった。
パソコンに限らず説明書や保証書には必ず目を通さなくてはダメだということ。
そして、大手家電量販店のモノを売るシステムは凄いということ。

2週間後、修理が施されたサーバーが戻ってきた。
今回は部品の交換だけだったので自己負担料金はかからなかった。(ほっ)
机の上には、修理済みのパソコンが定位置に収まった。
少しの間頑張ってくれたミニパソコンは居間のテーブルに移動した。

ふたつのパソコンを眺めながら、少しむなしい気持ちになった
秋の夕暮れだった。



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2009年9月12日 (土)

ペースが乱れる

セミナーの途中で入ってくる受講生
突然鳴り出す携帯電話の着信音
些細なことでも、話している最中の出来事は
ペースが乱れるものだ。

講義を始めたばかりの頃は、元のペースに戻すために少々時間がかかった。
そのたびに、思い出し、落ち込み、反省し、
「どうすればよかったのか」を繰り返し考えることで乗り越えてきたように思う。
人間というものは結構強いもので
一度遭遇したことは、以外に冷静に対処できるようになる。

そうやって数々のハプニングを経験することで講師としての実績を積み重ね、
臨機応変な対応ができるようになるのではないだろうか。

この頃は、めったなことでは驚かなくなった。
話の腰を折られて、何を話していたのかわからなくなっても
最初の頃の私は、ドギマギしながら、ただただ忘れてしまったことを謝っていたが
最近の私は
「どこまで話したか忘れちゃった。ごめん。○○さん、どこまでか覚えてる?
おお、その話ね。思い出した思い出した。ありがとう。あはは」
なんて、話を続けることができるようになった。または、
「もう、○○君が話の腰を折るから、どこまで話したか忘れちゃったじゃん」と
人のせいにまでする始末。
これじゃあ臨機応変ではなく横暴だとお叱りを受けそうだが
一応、言っても大丈夫だろう人を選択しているので、あしからず。

しかし、さらに予想もしなかったようなことに見舞われることがある。
先日の講義で受講生の中年男性がいきなり
「あんた、説明下手。私の知り合いは社長ばかりだから話がうまくて・・」と話し始めた。
下手と言われたものの、あまりいやな気持ちはしなかった。
「そうですか、わかり辛かったですか。ごめんなさい」と心から頭を下げた。
私のその反応に、その男性も、ほかの受講者も驚いたようだった。
そのとき私が一番にしなくてはならないのは、元の講義ペースに戻すことだった。
近くにいた女性が
「あんた、何言ってるの。わからないのはあんただけ。先生を困らせて楽しいの?
わからなかったら出て行けば」と強い口調で言った。
ほかの受講生も、うんうんとうなずいている。
本音ではうれしかったが、男性を見るとうなだれている。
実は講義の最初から、一風違う雰囲気を持った人なので注意はしていたのだった。
(最近、こういう雰囲気を持った人が多くなっているように思う)
もしかすると、この男性は発言することで、
みんなの注目を集めたかっただけなのかもしれない。
私の少し怒った様な反応を見たかっただけなのかもしれない。
うなだれていることから見ても、それほど大意なく言ったことだったのだろう。
それに、わざわざ講義に出てきてくれた受講生の皆さん全員に
少しでも「よかった」と思って帰ってもらいたい。
「みなさん、申し訳ありません。私の説明不足な講義で、ご迷惑をおかけしました。
これからの話は、皆さんにご理解いただけるように進めることを努力します。
もし、わかり辛ったら、遠慮なく声をかけてくださいね」
特に最後の部分は、下手といった男性に向かって
眼差しで『この後の講義の参加を、どうしますか?』という意味を込めて言った。
男性は怪訝そうな顔をしながらも、軽く頷いてくれた。

その後、講義は無事終了、その日のアンケートでは
私の対応に好意的な意見が多くて安心した。
そして、当事者の男性は「自分は嘘はつけない人間なので・・」
と延々と言い訳を始めた。
男性は、きっと誰かと会話がしたかったのだ。

しかし、話が長い。う~ん、このままだと、まだまだ帰れない。それも困る。
「ご忠告をありがとうございました。私も自分の話し方を反省するきっかけになりました。
○○さんは、ずいぶんとご経験があるようですね。
次の講義は私の変わりにやっていただけませんか?」
ちょっと意地悪なことを言ってしまった。
「いえ、遠慮します」
と言いながら、男性は小走りで去っていった。

さて、どのような対応が最善だったのか。
今も答えはわからない。

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2009年9月 7日 (月)

なくて七癖

『なくて七癖』とはよく言ったものだ。
自分では気付かない癖を持っている人は多いはず。
きっと私にもあるだろうが、それは棚に上げて
人の癖は、どうしても目についてしまう。
私の場合は「音」を伴った癖が特に気になる。

ボールペンの芯を出したり引っ込めたりするカチカチ音
数十秒に必ず入る明らかに風邪とは違う咳払い
頻繁に行われるポキポキ指鳴らし
貧乏ゆすりが机に振動してカタカタと鳴る音
ああ、気になる。
というよりも、少しイライラする。

仕事帰りの新幹線の中で熟睡していたとき
カサカサカサカサ
バリバリバリバリ・・・・
パリパリ
パリパリパリパリパリパリ
嫌な音で目が覚めた。
うっすらと目を開けながら音の方向を見ると
膝の上に大きなビニール袋を乗せた男性が座っていた。
ビニールといってもスーパーのレジ袋ではなく
アパレルショップ等で購入した際に入れてもらうような
大きめの厚手のバリバリっとした感覚のビニールだ。
男性を観察すると
ビニールの中を覗き込む。→カサカサカサカサ
中をまさぐる。何を出すでもなく何度も繰り返す。→バリバリバリバリ・・・・
そして袋を腕全体で抱え込む→パリパリパリパリパリパリパリパリ
この動作を1分おきくらいに繰り返す。
袋から何か取り出す目的があるのなら仕方がないが
袋を抱えてパリパリ・バリバリする音を楽しんでいるとしか思えない。

ビニール音を出すのが癖なの?と思うかもしれないが
私は自分勝手に癖に認定することにした。
だって、平日夜のガラガラの新幹線で
(荷物を横においても誰も文句を言う人はいない状況だったにも関わらず)
わざわざ荷物を抱えて手を動かして音を出しているのだから。
そして1回や2回でなく、ずっと繰り返しているのだから。

私は、このビニール音が好きではないので嫌な音としか思えない。
しかし、この男性にとっては気持ちが落ち着く良い音なのかもしれない。
人それぞれの好みは違うものだ。
人の好みは注意することも避難することもできない。
無意識に行う癖によって、気持ちを落ち着かせたり
ストレスを発散していることもあるのだろうから。

男性は目を瞑りながらも、袋を抱える腕を動かしながら
音を出し続けている。
聞いている私は、不愉快な思いを抑えながら
その後下車するまでの1時間を、そんなことを考えながら耐えた。

でも
パリパリ・バリバリというビニール音は
嫌な音と感じる人が過半数以上だと思うのですが
いががなものでしょうか。

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