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2008年10月

2008年10月29日 (水)

プロとしての自覚

店舗のオープニング準備に携わって数ヶ月。
その店舗も先週プレオープン、そして土曜日にグランドオープンを迎えた。
土・日はおかげさまで大盛況、スタッフの皆さんも一生懸命に動いてくれた。
たくさんのお客様にアピールしようと、全員が積極的に声を出していた。
教育に携わった私もフォローで参加していたので積極的に声を出した。
終了した時に少しだけ喉に違和感があった。
心に一抹の不安が過ぎった。
『翌日からも毎日予定が入っている。特に講義が多い。大丈夫だろうか
しかしそこは楽観的な私である。ビール片手に
「私は強いから平気。今日、ゆっくり睡眠をとれば大丈夫、大丈夫
今週は休みなしだけどがんばろう」と無理やり自分に言い聞かせ
食事が終わった途端、ホッした安堵感からだろうか”バタンキュー”と眠りについた。

次の朝、声が出ない。
今日は午後から公共機関で講義だ。
どうしよう。
額に汗が流れた。

うがいを何度もした。
行きがけのコンビニでのど飴を購入。
ハチミツレモンがいいらしいので、ドリンクも購入。
薬局で喉スプレーを購入して、思い切り喉の奥に吹きかける。
会社へ行って少し経てば様子もよくなるだろうなんて甘い考えでいたのだが
よくなるどころか、更に悪化。
もともとハスキーな声の私であるが、
現況は、ハスキーを通り越して嗄れてしまっている。
のど飴をこれでもかと口にほおりこむ。
どうしよう。
なるべく声を出さないように時間を過ごす。
無常にも午前中は刻々と過ぎていく。

タイムリミットだ。
会場に向かう時間がきた。
まず、受講生の皆さんに謝らなければ。

午後の講義では冒頭に皆さんに謝罪した。
本当に申し訳ないという気持ちを伝え
普段はもう少し美声であると、不謹慎にも冗談を加えながら。

講義がはじまってみると、
本調子ではないが皆さんに迷惑がかからない程度の声が出て安心した。
『よかった。やっと喉スプレーと飴の効果が出てきた』
受講生の皆さんの広い心に助けられ、なんとか講義が終了した。

今日のことは多いに反省しなければならない。
仮にも講義をして報酬を貰っているという『プロとしての自覚』に欠けていた。
自分で勝手に大丈夫と決めつけて、問題を軽視しすぎていた。
無理をしすぎると必ずどこかに歪がくるものだ。
若いときはそれが少ないが、年を重ねるごとに大きくなっている。
自分が思うほど自分の体は強くないし若くもない。
まず、それに気づいて認めなくては。

「もしかして、ビールを飲んだことが喉の悪影響に輪をかけたんじゃないの」
えっ、そうなの。じゃあ、ほとんど私の不注意じゃん。うわ~

本当に受講生の皆様、ごめんなさい。
こんな講師をお許しください。

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2008年10月23日 (木)

味覚に疑問

食べ物の好き嫌いは人それぞれ。
ひとりひとり自分好みの味覚をもっている。
味覚には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の基本味
辛味、渋味、えぐ味、温度という広義の味がある。
それに、色、においといった外からの情報がプラスされ
自分の内から生じた感覚によって『おいしい』と感じているという。
”味は口で感じ、おいしさは脳で知る”なんて言われている所以だ。

ここで味覚という感覚だけに焦点をあててみるとどうだろう。
甘いものが好きな人と苦手な人の感じ方を比べてみる。
好きな人はもちろん甘いものが『おいしい』
そして苦手な人は甘いものが『まずい』と感じているだろう。
注目したいのは、おいしいと感じてもまずいと感じても
『甘い』という感覚は両方が持っているという事実だ。
まずいと思う人も味覚としては『甘い』という感覚はあるだろう。
あとはそれを、おいしいと思うかまずいと思うかは個人の自由なのだ。

最近、味を正確に感じることのできない人が増えているという。
先日、噛まない人が増えているということを書いたが関連があるのかもしれない。

企画番組で女性アイドル(?)の食生活をリポートしていた。
MCのコメントが「信じられない」とあったが、まさに同感だった。
彼女は水とお茶が飲めず、ほとんどコーラで水分を摂っているようだった。
コーラをたくさん飲むこと(日に数十本)だけが信じられない対象ではなく
食事の仕方自体が、私には許しがたいものだった。
そば屋でもりそばを食べながら、口にそばを含みながらコーラを飲む
寿司屋でトロを口に入れながらコーラを飲む姿に唖然とした。
同時に気持ちが悪くなった。
食べ物の趣味は自由であり、母親でもない知らないおばちゃんが
とやかくいうことではないことは百も承知・うるさいお節介とはわかっちゃいますが
一言(二言、三言・・・)言いたい気持ちが抑えられなかった。
私は彼女の味覚に多いに疑問を感じた。

人の味覚は0~5歳の幼児期に基礎がつくられるという。
私たちの舌にある小さなツブツブ”味蕾・みらい”(味のつぼみ‥いい表現だなぁ)
が、味を感じるセンサーの役割を果たしているという。
この働きを促進させるためには亜鉛が必要であり、
亜鉛不足になると味を感じるセンサーの動きが鈍くなる。
最近の食品は科学調味料が含まれているものが多く、
これら調味料の中には亜鉛の吸収を妨げるものが多く含まれているという。
そのため幼児期に化学調味料のたっぷり使ったものを食べていると
味覚が順調に形成されない原因のひとつになるらしい。

彼女がコーラを飲み始めたのはいつからだろうか。
子どもの頃は経済力がないので多量にコーラを買うことはできないわけだから
もし小さな頃から飲んでいたのなら、彼女だけの責任ではないだろう。
そばや寿司に合った飲み物を飲んでいたのなら
それが彼女にとっての常識になっただろうに。
「おかしいですか、おいしいのに。コーラと混ざっていい感じになっています」
と言った彼女の言葉が、情けなくて嘆かわしかった。
彼女は自分の味覚の非常識さに気づいてないのだ。

他にも疑問が多かった。
まず、作ってくれた人に対して失礼だとは思わないのだろうか。
せっかく作った料理の味がコーラで消されているというのに。
そして定員さんがコーラをついでくれたときの態度もどうかと思う。
「自分でやりますから」とジェスチャー付きで明らかに怒りを含んだ表情が解せない。
「だって、コーラの炭酸が抜けてしまうじゃないですか~」
と当然のように脹れ面で言う彼女を見て
怒りを通り越して哀れに思えたのは、私だけだったのだろうか。
ポイントがずれているとしか言いようがない。

辛ければなんでもいいとハバネロを全てにかけて食べる
ココアをドロドロのチョコレート状態(カップ半分にココアの粉+砂糖)にして飲む
どんな料理にもケチャップやマヨネーズをかけないと食べられない

味の好みは人それぞれだが、どこか違っちゃいませんか?

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2008年10月20日 (月)

掃除嫌いな私だからこそ

掃除が嫌いだ。
料理や洗濯といった家事は大好きだが、これだけは気が乗らない。
「多少ゴミや埃があっても死にはしない」が私のモットーだ。
「ゴミや埃も体によくない」と反論がきそうだが、
ありがたいことに花粉症も全く縁のない私だから軽く言えるのかもしれない。

しかし誤解されては困る。
嫌いだとは言ったが片付いていない部屋は好きじゃないし、
全く掃除をしないというわけでもない。
それに部屋が汚いどころか、むしろきれいであると自負している。
掃除嫌いな私だからこそ、いかに楽にきれいに部屋を保つか・・
手抜きで楽な方法を日々実践している。

『出したものは出したところに必ず戻す』
お気に入りの場所(ソファ、コタツ等)周辺の手の届く範囲に物の山ができる。
「まだ使うからそのままにしておこう」という軽い思いが、「まだ大丈夫」に変わり
ふと見ると、まるで以前から物が置いてあるかのように山が大きくなる。
片付ける労力を想像すると、取り掛かるのが億劫になり、
そのうち「このままでいいや」と見て見ぬふりをしてそのまま過ごす。
結局、本棚から引っ張り出してきたマンガは山積み
DVDは出したままケースとバラバラに放置
買ってきた食料品はキッチンの床に転がり、ソファの上にGパンが重なる。
”何が原因か”をよ~く考えてみると、ひとつなら片付けられるのに
多数になると面倒になり手をつけなくなることに気がついた。
なので、ひとつのときに片付ける習慣をつける努力を意図的にしてみた。
本棚から出したマンガは読み終わったら戻してから次の巻を出す
見終わったDVDは必ずケースに入れ出した隙間へ必ず入れる
買ってきた食料品は決まった棚へ保管
着た洋服やGパンでまだ洗わないものを入れる棚やカゴを用意する
これだけで部屋の片付けは歴然と楽になった。

『いらないものは買わない』
物が多いから片付かないのだ。
できるだけいらないものは買わないように心がけたところ、
物も増えず片付けも楽になった。
これは、浪費も抑えられるので一石二鳥の効果があった。

『物を置かない』
物が置いてあるから片付かないという究極の結論に達した私は
部屋に極力物を置かないようにしてみた。
例えば、家の居間にあるのはテレビ等OA機器とラグ、ソファ、ゴミ入れひとつ。
DKにもテーブルと椅子のみだ。
自分の部屋は個人で管理なので知ったこっちゃないが
共有部分には殆ど下に置いてあるものはない。
”これは片付く”というより物がないので散らかりようがない。

『掃除機をできるだけ使わない』
私の毎日の掃除方法は、居間のラグを外でパンパンとはたき、
フローリングの床をクイックルワーパーで全部拭く。
これだけだ。所要時間約5分。
もちろん週に1度は掃除機をかけるが、毎日かける必要はないと思っている。
電気を使わないので、自分では勝手にエコだとも思っている。

私の方法が良いとは胸を張っては言えないが
掃除が嫌いな自分なりに考え出した方法である。
『できるだけ楽に』というものぐさな性格だからこそ工夫が生まれたのかもしれない。

ものぐさもたまには役に立つものだ。

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2008年10月15日 (水)

箍(たが)が外れる

ドラクエ新作の発売が大幅に遅れている。
先日、来年の3月頃発売が決まったと発表はあったが
昨年から首を長くして待っている私は、ついに我慢の限界を超えた。
そして今更ながら『DS版 ドラクエ5 天空の花嫁』を手に入れた。

同じ内容をPSでは既に経験しているものの、それから時間がかなり経過しているので
ストーリーはほとんど覚えていない。
そのため、新しいゲームをしている感覚でとても新鮮だ。
睡眠不足を気にしつつ、一人ニヤニヤとゲームにいそしむ。
やりだすと次へ次へと止まらない。
「ゲームばかりやっていないの。ほかのことはやったの」
私の口からは絶対に出ない言葉だ。

実は8月の資格試験取得の前に”欲しい”という欲求はピークに達していたのだが
寸でのところで止まっていた。
自分の性格では、手に入れれば即実行
挙句の果てに、とことんのめり込むことがわかっていたので
心に強く”買わない”と決め、欲望に打ち勝った経緯がある。
そのときは、自分の意志の強さに「自分を誉めてやりたい」心境だったが
今は違う。
「一度我慢しているんだから、いいじゃん」
とばかりにのめりこんでしまった。

『箍(たが)を外す・箍が外れる』とはよく言ったものだ。
箍とは、桶や樽の外側にはめて木をしめてあるもののことをいう。
桶や樽は木をくり貫いてあるのではなく、何枚もの木を組み合わせて作られていて
接着剤でとめてあるのかと思いきや、伝統的な作り方では接着剤等を使わず
箍でとめるだけで形状を作っているというから、すごい技術だ。
ということは、箍を外すとどうなるのか。
ばらばらと桶の原型は崩れ、何枚かの木の状態に戻ってしまうのだ。

「今はだめ。我慢我慢。現状をよく見なさい」という強い意志の
「今までよく我慢したよ。もういいよ試験も終わって結果もよかったし、買っちゃえ~」
緩んだ心の言葉でプツンと切れた
それからは今までの思いが濁流のごとく流れ出し、数日でゲームをクリアしてしまった。
自分のこれまでのゲームクリア日数最短記録を達成するというオマケまで付いて。

「もう、クリアしたの」
息子からの言葉を素直に受け取ることができなかった。
「いいじゃん、私のストレス解消法なんだから。誰にも迷惑かけてないじゃん」
ひねくれた言葉が口から溢れる。
「そんな意味で言ったんじゃないから。その思い込み、直したほうがいいよ」
呆れたように、情けない顔の息子が言った。
その通りだ。
私がゲームをしていても誰もとがめる人なんかいない。
それよりむしろ放っておいてくれる。見て見ぬふりをしてくれているというのに。
自分が「こんなにもゲームばかりやってしまった」という
自身をとがめる気持ちと、どこか後ろめたいような気持ちが
あたかも人から言われているように思ってしまったのかもしれない。
気をつけなくては。

しかしこの期に及んで精一杯の言い訳をさせてもらおう。
仕事やいろんな場面で無理しながらキュッと締めている箍を
家でだけは緩めること、外すことができるからなのだ。

『大変申し訳ございませんが、
 こらからも清々と箍を外させていただきます。
 寛大なる対応と、ご理解を頂けると誠にありがたいです』

こんなふうに言ったら
「開き直りだ」といわれるのがオチか。
はてさて・・・
近いうちに試してみようと思う。

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2008年10月 9日 (木)

咀嚼(そしゃく)

離乳食を始めた頃の子どもにとって『咀嚼(そしゃく)』はとても大切だ。
咀嚼とは、”口の中で食べ物をよく噛み砕き味わうこと”で
食べ物の消化吸収を助ける
唾液の分泌を促進し口の中を清潔に保つ
正しい歯並びを形成する
脳の働きを活発にする
食べ物の中の異物や骨などの発見を促す、等の効果がある
咀嚼つまり『噛む』という行為は、
私たちの体や心の発育に多大な影響を与えていることがわかる。

先日、深夜番組で、あるタレントが「食べることが面倒だ」と発言していた。
そしてそれはなぜかというと「噛むことがめんどくさいから」とか。
聞いている私は、口が開いたままふさがらなかった。
こういった発言を最近耳にしたのは、何もこの子だけのことではない。
先生をしている友人から
「豆腐は固いという子が増えている」という話を聞いた。
私の感覚では豆腐は柔らかいものだと思っていたのだが、固いとは。
?マークが頭の中をグルグル回った。

他にも顎が細い子どもたちが増えているということも聞いたことがある。
そう言われてみればそうだなあ。
顎が張った四角形型の顔立ちよりも、
顎がシュッと細い逆三角形型の顔立ちの子が増えているように思う。
更に、顎が細いため大人の歯全てが収まらない人も増えているという。

薄く切られた肉や、丁寧に骨がとられほぐされた魚が食卓に並ぶ。
野菜も大きいままだと食べないからと、みじん切りにされ、
はたまたすられてわからないように加えられていたりする。
そして小さく一口大に整えられた、ジューズにされた果物が分けられる。
マナーからすると一理ある。
器官が狭い乳幼児や、年配の方にとっては自然な配慮であろう。
昔のアニメに出てきたような骨付き肉を手に持ってかぶりついたり
リンゴを丸のままかじって「歯茎から血が出ませんか(古い)」なんてすると
「行儀が悪い」と注意されるのがオチだし、奨励しているわけではない。
しかし年齢に合わせた噛む能力を身につけることは、私は大切だと思う。

「スルメって何?えっ、これ食べられるの。オレこんな固いもの食べたことがない。
噛めないじゃん。飲み込めない、っていうか、顎が疲れて、もういらない」
これは実際に我家で息子の友人が言ったことだ。
「そう、スルメって食べたことないんだ。つまみはあぶったイカのほうがいイカ?」
その場に、シ-----ンとした重い空気が流れた。
今流行のギャグで返すと「ちがうか」か。
顎のはった息子がスルメを引きちぎり食べながら、ばつが悪そうに笑っていた。

咀嚼には他の意味もある。
”言葉や文章の意味や内容をよく考えて理解すること”だ。

最近、食品をのどに詰まらせて亡くなった子どもさんのニュースが報道された。
とても切なくてやりきれない気持ちでいっぱいだった。

私たちはもう一度
『咀嚼の意味をよく咀嚼する必要がある』のかもしれない。

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2008年10月 6日 (月)

『おくりびと』

『おくりびと』を見た。
見終わった後に、清清しい余韻に酔いしれた。

『おくりびと』は『納棺師』という職業にスポットをあてた作品だ。
 おそらくこの作品を通してこういう職業があることを初めて知った人も多いだろう。
 かくゆう私もそのひとりだ。
納棺という言葉から否応なしにイメージされる死の場面はもちろん登場するが
この作品では、死に対する恐怖や気持ち悪さはほとんど感じられない。
それどころか、粋で洒落の効いたユーモアが溢れている。

作品の前半は思わずクスっと笑ってしまうシーンが多い。
ないはずのものがついていると戸惑う場面や
納棺師の仕事紹介ビデオ撮影のモデルを引き受けた主人公の表情や仕草に
何度も”プッ”と吹き出してしまった。
死というものが何ら特別なものではなく、
ましてや格好つけるものではないごく日常のものだと受け入れられた。

「旅のお手伝い」が「旅立ちのお手伝い」の間違いだと知らずに仕事を始めた
元チェロ奏者の主人公の変化は、見ていて楽しかった。
初めの頃の彼のぎこちない動きから、美しい身のこなしに変わってい様は
まるで彼の心の変化と相まっているかのように思えた。

他にも象徴的に使われる食事風景は興味深い。
当初、見るだけで嗚咽していた食べ物も、後半ではむしゃむしゃと平らげる。
「今に慣れる」の言葉通りに。
人は生きていく為に他の生き物を殺して食べるという普段通りの行為が
何気なく残酷に思えた場面でもあった。

納棺師という職業への偏見。
それは最初に主人公が感じたことであり、そして周りが感じていることでもある。
彼の戸惑いが、自分への誇りや確信へ変化したとき
周りの人々の心へも変化をもたらすこととなる。

作品の最後のエピソードは、
それまでの全ての場面がプロローグであったように思えるものだった。
「夫は納棺師なんです」という妻の確固たる言葉
彼がみせる慈愛に満ちた所作・振る舞い
生と死が同じフレームに収まった瞬間に
胸が震えた。

全編を流れるチェロの響きが美しい。
そして所々に挟まれる短いエピソードも見逃せない。
全てにその人の人生が感じられ涙が溢れた。

「いや~映画ってほんとにいいですね」
映画評論家の言葉をそのまま使いたくなる、素晴らしい作品だった。

 追記:「死は終わりではなく次に行くための門だ」
     そして「またな」
     この二言で私は笹野さんに胸を打ちぬかれた。
     や・・・やられた。

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2008年10月 3日 (金)

入院でわかったこと

環境が変わると思いがけないことがわかるものだ。
父のわずかな入院でも、改めてわかったことがある。
それは、母が未だにひとりきりで寝たことがないという事実だった。
「私、生まれて初めてひとりきりで寝なければならないかも」
『何をいっているんだか。ひとりで寝たことがない、そんなことあるわけ・・・
ないんだ?!』
言われたときはピンとこなかったが、そう言われればそうだと気づいた。

私が小学生の頃、父と母、そして姉が別々に泊まりで出かけることがあり、
残った私はひとりきりで家で過ごすことになった。
当時小学生の私は心細かった(当然だろう)ので「嫌だな」とポツンと言ったところ
「何を言っているの、仕方ないでしょ。大丈夫よ」と母に叱咤激励された記憶が蘇る。
しかし、考えてみたら母は父と一緒だったのでひとりではなかったわけだから
母は自分がしたことないことを、小学生の娘にはさせていたことになる。
それも大丈夫の経験も根拠も何もないのに、だ。

母がひとりで大学生の妹の所へ尋ねたことはあるが、
その先には妹がいるので、これもひとりではない。
私は出張等で出かければホテルもひとりで過ごすが、
母は出張どころか、ひとりで遠出することは全くなく、
ホテルもシングルの部屋を利用したことはない。
幸せなのかどうなのかわからないが、生まれ育った環境からか
この年になるまでそういう機会に恵まれなかったのだ。

「病院で付き添うときは、おとうさんがいるからいいけど、
あんたが泊まりのときは、私が家でひとりになってしまう。どうしよう」
不安な表情を隠すことができない母だが、どうしようと言われてもどうしようもない。
父もその話を聞いて不安な表情だ。
『入院する人を不安にさせてどうするの。
これじゃあ、心配する人とされる人が逆でしょう』
父の付き添いプラス、母の心配までしなくてはならないとは。
予想はしていたが、まったくもって面倒くさい。

「これはチャンスだよ。おかあさん、いい機会に恵まれてよかったね」
半ば呆れながら、心の中では
『ひとりで過ごせない年じゃないでしょ。私なんか小学生からひとりだったじゃないの。
なんでこんなに甘やかされて育ってきたのかなぁ』
小さな頃の恨み(?)を込めて皮肉っぽく私が言うと、母も諦め顔で頷いた。

しかしそれを聞いていた息子が
「へぇ~それはすごい。ばあちゃん、この際その記録は伸ばしたほうがいいんじゃない
この助言で母の顔はぱっと明るくなった。形成逆転だ。
『こんなときに余分なことを。あんたまでばあちゃんを甘やかせてどうするの』
結局その日は姉に泊まりにきてもらうことになり、
結果、母は今回もひとりで過ごすことはなく終わった。

父のドタバタ入院は無事終了したが、実は一晩だけ家に誰もいない日があった。
厳密にいうと人間がひとりもいない日だ。
犬の魁丸、猫の小麦、文太郎、そしてチョビには言い聞かせておいたが、
この子たちも、生まれて初めて人が誰もいない家で過ごすことになった。
特にチョビは高齢になって初めてだったのでとても寂しかったのだと思う。
次の日私が戻ると、ゴロゴロと喉を鳴らし擦り寄ってきた。
また、いつも一緒に寝ている母に対しては、
とがめたような、恨めしい眼差しを向け威嚇したので、皆で笑ってしまった。
「チョビごめんね。でも、たった一晩だけだったんだから、そんなに怒らないでよ。
仕方ないでしょ。チョビは我慢ができない性格だからね」
と母がチョビを撫でながら言っているのを聞いて、私は可笑しくてたまらなかった。

『そういうおかあさんは、結局、今回もひとりきりにはならなかったよね。
我慢ができないのは、さてどちらでしょう』心の中で問いながら
「チョビ偉かったね。しっかりお留守番できたもんね」
チョビの頭を撫でながら、思わず大きな声で言った私だった。

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2008年10月 2日 (木)

最近の入院事情

父が4日間、治療入院をした。
本人はいたって元気なのだが、治療箇所と方法の関係上付き添いが必要だと、
事前に病院から説明があった。
母が毎日泊まることになると、それこそ母が倒れてしまいそうなので
(これは母の体調が悪いのではなく気持ちの問題である)
ふたりで分担して付き添うことに決めた。
入院や退院の付き添いと送迎、治療後の付き添いは、もちろん私。
母曰く「私は恐くてついていられない」そうだ。

最近、入院した人が回りにいないため、とても興味深く病院に向かった。
そして病室に通されて驚いた。
なんとまあ設備が整っていること。
ベットが患者使用でなかったら、ビジネスホテルかと見間違うほどだ。
壁紙は花柄、家具は木目調、ユニットバストイレ、ソファー件付き添い用ベットと寝具、
テレビ、冷蔵庫、湯沸しポット・ティーパック、パジャマ、タオル各種等が各部屋に完備。
共同のランドリー室やキッチン(電子レンジ有)談話室等も設置されている。
父が入ったごく普通の部屋でも、CMで流れている家具付き賃貸住宅並みであるので、
最もグレードの高い部屋は、おそらくホテルのスイートクラスであると予想できる。
そして一番びっくりしたことが食事だ。
メニューはカロリー計算して作られているので内容にだ。

私たちが病院に入ったのが午前中だった。
父はそのまま検査に入り、予定では2~3時間かかるということだった。
昼も近いので周りの散策がてら、私は近くのスーパーで昼食を買ってくることにした。
看護士さんは「ゆっくりしてきて大丈夫よ」と言ってくださったが
それでも病院側からの説明や伝達もあるだろうと、
足早に買い物を済ませ、快適な病室で待つことにした。
病室内と周りの環境に満足して帰ってきた私が買ってきた弁当に箸をつけたとき、
”コンコン”と病室をノックする音が聞こえた。
『やはり早く帰ってきてよかったなあ』と思いながらドアを開けると
そこには、カレーとサラダを載せたお盆を持ったスタッフの方が立っていた。
「遅くなりました。付き添いの方用の昼食です」と、私に持っていたお盆を差し出した。
「えっ、私の分ですか?」おそるおそる聞いてみた。
「はい、そうですよ」とニッコリ笑って渡してくれた。
『え----------。付き添用の食事まで用意してくれるんだ』
なんて、いたせりつくせりなんでしょ。
これじゃあ、体一つで入院も付き添いもできるじゃん。
最近の入院事情は今までのイメージとはうって変わったものだった。
思わず母に電話して状況を説明した。
「お弁当を作って持って行こうと思っていたけど、それじゃあいらないね」
その通りだ。

近年、様々な場面でサービスが求められ、そして対応するように変わっている。
病院もその一つだ。
いかに快適に過ごしてもらえるかを追求した結果、
こういったサービスが生まれたのだろう。
少々行き過ぎの感もあるが、
患者やその家族にとったら精神的に安定した状態で治療を受けることができるだろう。
私としても、とても安心した気持ちでいることができた。

さて、父は無事に治療を終え短い入院生活も終了した。
私はというと、負担になるどころか快適な付き添いに少し未練が残った。
「ねえ、次はいつ治療入院するの
私の質問に苦笑いの父だった。

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