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2009年7月

2009年7月25日 (土)

雨の日は『雷さま』

毎日、空模様が読めない。
「快晴だ」と気分良く洗濯物を出してちょっと買い物に出かけたら
突然のスコールのような雨。
洗濯物はびしょびしょで、二度手間にはなるし、髪の毛はくしゃくしゃだし。
そう、”くせ毛”の私にとって、今が最も苦手な季節だ。

母の遺伝子を受け継いで、物心ついたころからくせ毛だった。
小さなころの写真には、クルクルした髪の毛の私が映っている。
特に髪の量が少ない幼少期は、
耳の上で一回転している程の巻毛だった。
姉いわく「かわいかった」とのことだが
この”かわいい”は、どうやら犬や猫に共通するかわいさだったように思う。
そういう姉は、父からの遺伝で驚くほどの直毛。
年頃になってパーマをかけたものの数日で戻ってしまうくらいのストレートだ。
現在もそうだが、これほど似ていない姉妹も少ないだろう。
すべてが正反対だ。

髪の毛が面倒だと決定的に気付いたのは
小学校のプール授業のときだ。
低学年のときは気にすることはなかったが
高学年ともなると多少色気づいてくるわけで
プールが終わったあとの自分の髪型に愕然とした。
ストレートの女子たちは、タオルで拭いただけで乾いてもきれいにまとまるのに
(なんて、爽やかなんでしょう)
くせ毛の私は、朝の髪型から激変する。
乾くとともに、まるでドリフターズの高木ブーさんの『雷さま』のように変わってくる。
(なんて、おもしろいんでしょう)

自分の髪の毛にずっとコンプレックスをもっていたので
高校を卒業してすぐに、パーマをかけた。
結果は、私のくせ毛の方が強かったため代り映えしなかった。

20歳を過ぎてから、髪の毛を伸ばした。
まさにサーファー、ハマトラ、そして『W浅野』世代の私たちにとって
サラサラ・ワンレングス・ロングストレートヘアーは憧れだった。
しかし、その願いもむなしく散った。
少しうねうねのロングヘアーで我慢をしていた。
毎日ブラッシングを丁寧に行い、バックにはいつもブラシを携帯した。
シャンプーやトリートメントも多少高くても良い成分のものを使うように気を配る。
ストレートパーマ、縮毛矯正を行うなど、
それなりにおしゃれに時間とお金をかけた若き日。
ああ、懐かしい。

そして現在。
かなりのショートカットに変った。
長い髪の毛を丁寧にブラッシングするだけの気力がない。
というか、○十肩で手が届かない。
ブラシは荷物になるので持たない。手櫛で十分。
シャンプー・トリートメント?なんといっても価格が決め手。
あそこのドラッグストアで特売だから買ってこなくっちゃ。
パーマなんてお金出してかけるのもったいない。
だって、くせ毛なんだから、パーマかけているのと変わらないじゃん。
なんて経済的な私。

人の考え方は月日が経つと変るものだ。
何ごともポジティブに考えられるようになったとも言えるが
おばちゃんになったとも言える。

そして、突然の雨。私の髪型は激変する。
雨の日は『雷さま』
いくつになっても変らない。

やはり、苦手な季節だ。

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2009年7月18日 (土)

マグロ体質

今年の4月から、働き方を少し変えた。
お世話になった職場から全部離れてしまうのではなく
関わりを持ちながら、自分なりの仕事もできるような環境になった。
半フリーの状態だ。
自分の年齢と体調を考えての結論だった。
息子には2年くらい前から相談をし
「少しのんびりしたら。自分の体のことも考えながら好きなことやってみればいいじゃん」
この言葉で決断した。
「いざとなったら、食べさせてね」
最悪の場合のフォローも、何気なくお願いした。

一応のけじめとして、職場でも飲み会を開いてもらったが
次の日も出勤しているのだから、あまり変わらない。
特に、仲良しの(私が思っているだけかも)ふたりの女性とは別の席を設けた。
私よりかなり若い独身女性で、大変お世話になったふたりだ。
おばちゃんの私に対しても、素直で明るく接してくれ
時には娘のように、しかし仕事ではミスをカバーしてくれるという
頼もしい存在だった。
彼女たちと話をしていると、とても楽しい気分になる。
年齢は違っても気後れせず且つ誠意をもって話をしてくれるので、ありがたい。

「これから、どうするんですか」 何気なくこれからの予定を聞かれた。
「少し、のんびりしてみようと思って」
「のんびり、ですか」
「そう、自分の時間をつくってボ~ッとしてみるのもいいかもね」
「ボ~ッとですか」
「うん。時間に追われることが多かったから、そういう時間ももってみたいな」
「私は無理だと思います」 
「えっ、どうして」 彼女の言葉に驚きながら訊いてみた。
「だって、○○さんは『マグロ体質』ですから」
彼女はそう言いながら、にこっと笑った。

<マグロ生態豆知識>
 マグロは口とえらをあけて泳ぎ、そこを通る海水で呼吸をしている。
 マグロは泳ぎをとめると窒息してしまうため
 たとえ休息している(寝ている)ときも止まらない。

私はマグロ
止まると窒息してしまう→つまり彼女いわく、私は動いていないとダメということらしい。
そう言われれば、思い当たる節がある。
スケジュールが空いていると不安になり、進んで埋めようとしているのも
休みで何もすることがないときに限って体の調子が悪くなるのも
自分では責任感が強いからだと思っていたが、
マグロ体質だからなのかもしれない。

「(確かに)心配してくれてありがとう。でも、少しのんびりしてみるね」
「大丈夫ですか。心配だなあ。動いてないと死んじゃいますよ!」
えっ、ダメどころじゃなくて、私は動いていないと死んでしまうの?
いったいみんなは私のことをどう思っていたのか、
改めて詳しく訊いてみたくなった。

さて現在、彼女の予想どおりになっている。
朝から予定がない日は、ボ~ッとするどころか調子が悪くなる。
逆に忙しい日は、体調がすこぶる良い。
そのため、極力スケジュールを埋めて動くことを考えている。
「からだを休めるために、今の働き方に変えたんじゃなかったの。
そんなに働いて動きまわっていたら、死んでしまうぞ!」
息子の忠告が耳に痛い。

「そんなに動き回っていたら死んでしまうぞ」か。
でもまてよ、私はマグロ体質なので「動いていないと死んでしまう」のだから・・・

はてさて、答えはどちらでしょう。

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2009年7月11日 (土)

待ちに待った

今日という日を、指折り数えて待っていた。

思えば、始めにこの日が来るはずだったのが2007年
これはすぐに打ち消され2008年になるとの噂が広まったが、噂は噂で終了。
今度こそは間違いないと大々的に発表された2009年3月28日も直前で延期され
そしてついに、本日7月11日
待ちに待った『ドラゴンクエスト9』が発売された。

今年の始めに3月発売の予約をしてあったものが
そのまま延長されることを確認をしてあった私は
先ほど、意気揚々とゲーム店へ出かけ
現在ソフトを手にしてほくそ笑んでいる。

朝からインターネットで情報を調べると
「ドラクエソフトを求めて長蛇の列」という記事が目に飛び込んできた。
車で行ったら混雑して入れなかったら困ることを想定し
ゲーム屋まで徒歩で向かう。
しかし予想に反して、混雑の見られない駐車場。
自分の住んでいる町が地方都市で
情報には無関係だということも気がつかないほど舞い上がっていた私。
「車で来ればよかった」後悔してもはじまらない。
足早に自宅へ戻りゲームに突入しなければ。

帰途中に息子に
「ドラクエ購入完了。これから始めます。ワクワク」とメールを送り
「よかったじゃん。がんばれ」と返信があった後に
よりにもよって仕事中の息子に、自分本位のメールを送ってしまったことを反省。
しかし、送ってしまったものは仕方がない。
アホな母親に対して保護者のような息子に、心で謝りながら
急いで自宅へ向かう。

ゲームに興味のない人には「バカじゃないの」と言われそうだが
ホントにどれだけこの日を待っていたことか。

ゲームの封を切るときのワクワク感
そして、スタートを押して流れるドラクエお馴染みのメロディ
”チャチャ、チャンチャンチャンチャンチャ~ラ~チャンチャチャンチャンチャララ~”
思わず涙が出そうになった。
バカと言われようと、いい。
言いたい人は、言ってくれ!

2日前、専門学校で
「先生、いよいよ土曜日だね」と声をかけてくれたゲーム大好き○○さんも
きっと手にして感動していることだろう。
「楽しみだね。また情報交換しようね」
ニッコリ笑いあって思わず出したグーサイン。
「え~、いよいよ今週の土曜日にドラクエが発売です。私は今、ウキウキしています」
と今週の授業開始挨拶を統一したのにもかかわらず
広い心で笑ってくれた生徒に感謝しながら
私は今、ゲームを始めた。

私は幸せだ。
ゲームをしていることではない。
たかが(?)ゲームでこれだけ嬉しい気持ちをもてることは
素晴らしいことだと思う。
そして平和だ。
ゲームのことがニュースになるような環境にいることは
とてもありがたいことなのだ。

不満を言ったらきりがない。
満足の中にも、それ以上の不満は必ず出てくるものだ。
しかし私たちは、自分の置かれている状況に
感謝しなくてはいけないことも多いはずだ。

特に私は、だ。
周りの皆さん「いつもありがとう」

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2009年7月 3日 (金)

降水確率30%の憂鬱

うっとおしい雨が続いている。
梅雨だから仕方がないし、別に雨が嫌いなわけではないが
洗濯物のことを考えると憂鬱になる。
つまり、洗濯が好きなので『晴れ』てほしいだけのことなのだ。

朝、必ずチェックするのが天気予報
インターネットのパーソナル天気も必ず見るようにしている。
仕事で日中家を空ける私にとっては重要な作業だ。
注目するのは降水確率
これを自分なりの解釈で新たに予想し、その日の洗濯物の干し方を変えている。
80%を超えるときには、絶対に外へは干さない。
60%を超えると、懸命に我慢と妥協をして家の中へ干す。
しかし午後からの確率が、ぐぐっと減るときは風向きを考慮して外へ干す。
50%の場合は、一か八か外へ干す。これまでは6割強で良い結果となっている。
30%だったら、確実に外へ干す。
だって、雨が降る確率が30%なのだから迷うことはない。
そしてそれ以下は、ためらいもなく外へ干して意気揚々と仕事へ向かう。

先週のことだ。
朝の天気予報で「降水確率午前中30%午後70%」と表示されていた。
普段なら悩むところだが、迷わず外へ干した。
その日は専門学校で1時間目の授業があり、午後から公共機関での予定が入っていた。
専門学校は自宅から近く、公共機関への移動でちょうど自宅近くを通るため
1時間目の授業が終わった後自宅へ寄り、
洗濯を部屋に干し変えてから出かけることが可能だったからだ。
「そんな面倒くさいことしないで朝から部屋へ干せばいいのに」と思われるが、
たとえ数時間でも外へ干すことは大変貴重で
その後の洗濯物の渇き具合が全く違うことを考えると、私にとっては手間ではない。

授業が終了するのが11時、授業中は外の様子はあまり見えない。
職員室へ寄り報告書を記入してから帰ろうとしたとき
丁度入ってきた他の講師の方が
「いや~まいっちゃったよ。土砂降りでびしょびしょだ」
えっ、土砂降りなの?外へ出て唖然とした。
横殴りのバケツをひっくり返したような、最近話題のゲリラ雨だ。
「天機予報と違うじゃん」

自宅へ戻ると、びしゃびしゃの洗濯物。
慌てて脱水を掛け(洗いなおす時間はない)、部屋に干し直してからもう一度出かけた。
「こんなことなら始めから部屋へ干しておけばよかった」
後悔しても遅い。

そもそも降水確率の意味は何だろうか、今更ながら調べてみた。
例えば30%の場合
『同じような天気の場合10回のうち3回は1ミリ以上の雨になる』ということだった。
1ミリ以上とあるのだから、雨が降るかもしれないけれど
その雨が土砂降りか、しとしと雨がという雨の量を意味しているのではない。
最初から、私の自分勝手な解釈の仕方が違っていたわけだ。
私はてっきり、30%くらいの雨というと
土砂降りを100とすると30くらいの少ない量の雨だという意味も含まれている
と勘違いしていたのだ。

これではこれからは、低い降水確率の場合も土砂降りも想定しなくてはならない。
洗濯物を干すか干さないかには、決断力と覚悟が求められる。
結果が悪ければ、降水確率30%でもかなり『憂鬱』な気持ちになりそうだ。

話は変わるが、朝の情報番組を見ていると、
画面上部に各地方の天気予報がテロッブで流れている。
住んでいる場所の予報を見たいのだが、まだ大丈夫だろうと用事を済ませていると
肝心のところを見逃してしまい、大抵次の場所へ変わっている。
それを何度も繰り返し、今度こそはと順番が回ってくるチャンスを待っているのは
私だけ?

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