爆発事故の記憶
高校生の夏休みのこと。
お盆休みで部活もなく、朝寝坊したいのだが
「お父さんが仕事に出かける時間まで寝ているべからず」という家訓から、
何もなくても決まった時間には起床するのが、我家では当然だった。
その日は朝から暑かった。
朝の9時半を過ぎ、まだ何をするわけでもなく、何もしたくない私は
寝そべってアイスをかじっていた。
「そんな格好で何しているの」怪訝そうな顔をして母が言った。(言われて当然)
「今から出かけるからね。昼までには戻るから、留守番頼むね」
「は~い」と気のない返事をしながら「どこ行くの?」と尋ねた。
「○○デパート。午後から用事があるから、早めに行ってくるね」
「うん」アイスをなめながら鼻先で返事をした。
繁華街は自転車で15分弱で行ける距離にあり、買い物にはとても便利だ。
母がデパートの開店時間に合わせていくのは珍しくない。
しかし10時の開店時に従業員の皆さんからいっせいに挨拶されるのが恥ずかしいと
外で5分くらい待ってから入るのが常だったが。
母が出かけてから15分ほどたったとき”ドン”と響くような音が聞こえた。
あたりを見回したが変わりはないので「何だろう、きっと気のせいだ」と
アイスは食べ終わったが、まだ寝そべりながらぼんやりしていた。
それから、また15分くらい経っただろうか。
電話が鳴った。
私は、ぐずぐずと起き上がり電話に出た。東京の叔母からだった。
「駅の近くで爆発事故があったようだけれど大丈夫?」
「爆発事故」
「ニュース速報が出たのよ。テレビ見ていなかった?」
「ちょっと待って」テレビをつける。
慌てた様子の報道スタッフと、煙が充満した生々しい現場が映る。
よく見かける景色、○○デパートの前だった。
「おばちゃん、どうしよう。おかあさんが行っている」
血の気が引いた。
デパート開店の少し前に、真下の地下道で爆発事故が発生したのだった。
近隣の建物のガラスが割れ、怪我をされた方々が映った。
それよりも、地下の様子はわからず、どれくらいの被害があるのかは未知だった。
「大丈夫、落ち着きなさい」叔母の声が遠くに聞こえた。
「どうしよう・・・」わなわなと手が震えた。
そのとき、「ただいま」と耳慣れた声がした。
「そんな顔してどうしたの、誰から電話」
あっけに執られながら、叔母からだと伝えると、母は受話器を取って話し始めた。
「えっ、爆発事故?知らなかった」
知らなかったって、まさに事故現場に出かけるって言ったじゃん。
私は現実が把握できないまま、ただ呆然と電話が終わるのを待った。
事実はこうだ。
母はいつものように、同じ道を自転車で進んだ。
そしてデパート近くの交差点に差し掛かったときに
今日は行くのはよそうと、ためらわずにUターンしたそうだ。
なぜなのかは自分でもわからないが
「この道を渡ってはいけない」と、一歩を踏み出すことができなかったそうだ。
いつもだったら、そこまで出かけていったのに時間が無駄になると思うのだが
今日はそういった気持ちは一切湧かず
自分の行くはずだった場所で起こっていることなど知らずに帰ってきたという。
その後の報道で、
多数の怪我をされた方や亡くなられた方がいらっしゃたことがわかった。
不思議な話だ。
もし道を渡っていたら、母は確実に事故に巻き込まれていたのだから。
数十年前の爆発事故の記憶が、この時期になると蘇る。
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