2009年11月 9日 (月)

基調音「おと な り」

聴いていると穏やかな気持ちになれる音
心地よくて、当たり前のように自然と受け入れられる音
それを『基調音』というらしい。

音楽に好きなジャンルがあるように
『音』の好みも人によって違う。
自分には癒される音でも、人には雑音にしか聞こえないことだってある。

風で草木が揺れる音
強い風で大木の枝がきしむ音
夏の終わりに川原に響くひぐらしの鳴き声
ビオラの重厚な響き
分厚い小説をパタンと閉める音
熟睡中の「にゃにゃにゃにゃ」猫の小さな寝言
寝静まった深夜、遠くから聞こえる列車の音 etc
私の好きな音は、まだまだいっぱいだ。

少し前に観た「おと な り」という映画は
この基調音がたくさん詰まっていた。

音が筒抜けの木造アパートの隣同士に住む男女
ふたりとも結構長く住んではいるものの、一度も顔を合わせたことはない
キーホルダーのカギがぶつかるわずかな金属音
コーヒー豆を挽く音
可愛らしいくしゃみ
ベランダで洗濯物をパンパンと叩く音
いつも聞こえる同じ曲の鼻歌
レコーダーに合わせて復唱されるフランス語
壁を挟んで感じられる涙
それに重なる励ましの歌声
隣から聞こえる音で互いの存在を確認し
互いが発する音がなぜか心地よく…そして惹かれあう

物語では、同じ場面でふたりが一緒に登場するシーンはない。
(実はお互いの存在を知らずに登場するシーンはある)
エンディングで初めて顔を合わす。
しかし私には、最初からふたりが、同じ風景で同じ感覚を共有していたように思えた。
知らないうちに、陳腐な言い方だが、赤い糸を手繰り寄せるかのように
次第にふたりの距離は縮まっていく。

人を好きになるとき、容姿やスタイルも大きな要素だが
「音」も重要なのではないだろうか。
その人の発する音が、好みの音でなかったら
一緒に過ごすのが苦痛になることだってあるだろう。
お互いの基調音が同じだったら、一緒にいて心地よいだろう。

さて、物語のふたりのその後はというと
エンドロールが流れる中の会話だけで想像できる。
基調音が同じふたりですから
私の妄想に間違いはない。
 ※後日、私の頭の中では、その後のふたりの歩みをかなり先まで作ってあるのであしからず。

たまには映像にとらわれず
音や感覚だけで、季節を感じてみてはいかがでしょうか。

何この匂い?
なんかおいしそう。
うわっ、とたんにお腹すいてきた。
ラーメン食べたい。

私の場合、どうも邪念が入りすぎるようだ。

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2009年9月26日 (土)

ドラクエ攻略にみる『自我状態』

私のゲーム好きは知人や学生の間では周知の事実だが
よそいきの講師の顔だけをご存じの方には、意外に思われることがある。
先日も、交流分析の師匠(?)から、
ドラクエのうんちくを傾けて語っていたところ怪訝な顔をされたので
ここはひとつ、ゲームと交流分析を絡めて書いてみることにした。

ドラゴンクエスト作戦コマンドの中に
主人公(自分)以外の操作を変えることができる機能がある。
主人公は自分自身なので、当然ゲームを進める本人が操作するわけだが
一緒に旅をする仲間をオート操作できるというものだ。
この機能を使うことで、面倒な操作を省き、時間の短縮につながることもある。
①ガンガンいこうぜ…現在できる最大攻撃を駆使し、できるかぎり早く敵を倒すよう戦う
②バッチリがんばれ…攻撃と回復の両方に気を配りバランスよく戦う
③いろいろやろうぜ…言葉とおりいろいろやり、何が出てくるかわからない戦い
④いのちだいじに…回復や防御に気を配り、とにかく味方が死なないように戦う
⑤MPつかうな…魔法等を使うと減るMPを温存し、道具や普通攻撃のみで戦う
⑥めいれいさせろ…主人公と同じように仲間もすべてプレーヤーの指示で戦う

そして、自我状態とは
CP…支配的な親(がんこなおとうさんのイメージ)
NP…養育的な親(面倒見の良いおかあさんのイメージ)
A…成人(冷静で理論的なおとなのイメージ)
FC…自由な子ども(元気でのびのびした子どものイメージ)
AC…順応した子ども(穏やかで遠慮がちな子どものイメージ)
以上5つに分けられる。
この自我状態を図にあらわしたものが「エゴグラム」
個々のキャラクターを目で見て理解する道具として使われている。

ゲームのコマンドと、自我状態に関連があるのかって?
コマンド設定にもプレーヤーの性格が如実に表れる、と思う。
以下、私個人の主観のもとに分析してみた。

①「敵をとにかく早く、ガンガンやっつけたい」CPが高い人が好みそうだ。

②「全体に気配りをし効率よくバランスよく進めたい」Aが高い人が好みそうだ。

③「何が出てくるかわからないところがおもしろいじゃん」FCが高い人が好みそうだ。

④「味方を死なせるものか、皆で仲良く行きたいわ」NPの高い人が好みそうだ。

⑤「何かあったら困るからMP温存しておかないと」ACが高い人が好みそうだ。

そして、「⑥めいれいさせろ」は
言葉の意味からすると、上からモノを言っているのでCPが高い人だと思われるが
『味方全部を操ることにより、一番効率的で無駄のない戦い方をしたい
機械に任せずに、自分で考えたデータをもとに進めたい』
という、最もAが高い人が好む方法だと、私は強く思う。

さて、私の好みのコマンドはというと
内緒にしたほうがよさそうだ。

今回は独断と偏見で、ドラクエ攻略にみる『自我状態』と題し
自分なりに分析してみた。
いや~、おもしろい。
ほんとは、もっともっと書きたくて長い論文にしたいくらいだが
著作権と皆さんの批評が気になるので、これぐらいにしておこう。

実はその他にも、
「ドラクエからみえる人生態度」
「ロールプレイイングと人生脚本」
「ゲーム主人公の人生脚本」
いろいろ書けそうなんですけど
これを本論文にしたら、間違いなく却下されるだろうなぁ。

師匠、いかがでしょうか?

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2009年9月12日 (土)

ペースが乱れる

セミナーの途中で入ってくる受講生
突然鳴り出す携帯電話の着信音
些細なことでも、話している最中の出来事は
ペースが乱れるものだ。

講義を始めたばかりの頃は、元のペースに戻すために少々時間がかかった。
そのたびに、思い出し、落ち込み、反省し、
「どうすればよかったのか」を繰り返し考えることで乗り越えてきたように思う。
人間というものは結構強いもので
一度遭遇したことは、以外に冷静に対処できるようになる。

そうやって数々のハプニングを経験することで講師としての実績を積み重ね、
臨機応変な対応ができるようになるのではないだろうか。

この頃は、めったなことでは驚かなくなった。
話の腰を折られて、何を話していたのかわからなくなっても
最初の頃の私は、ドギマギしながら、ただただ忘れてしまったことを謝っていたが
最近の私は
「どこまで話したか忘れちゃった。ごめん。○○さん、どこまでか覚えてる?
おお、その話ね。思い出した思い出した。ありがとう。あはは」
なんて、話を続けることができるようになった。または、
「もう、○○君が話の腰を折るから、どこまで話したか忘れちゃったじゃん」と
人のせいにまでする始末。
これじゃあ臨機応変ではなく横暴だとお叱りを受けそうだが
一応、言っても大丈夫だろう人を選択しているので、あしからず。

しかし、さらに予想もしなかったようなことに見舞われることがある。
先日の講義で受講生の中年男性がいきなり
「あんた、説明下手。私の知り合いは社長ばかりだから話がうまくて・・」と話し始めた。
下手と言われたものの、あまりいやな気持ちはしなかった。
「そうですか、わかり辛かったですか。ごめんなさい」と心から頭を下げた。
私のその反応に、その男性も、ほかの受講者も驚いたようだった。
そのとき私が一番にしなくてはならないのは、元の講義ペースに戻すことだった。
近くにいた女性が
「あんた、何言ってるの。わからないのはあんただけ。先生を困らせて楽しいの?
わからなかったら出て行けば」と強い口調で言った。
ほかの受講生も、うんうんとうなずいている。
本音ではうれしかったが、男性を見るとうなだれている。
実は講義の最初から、一風違う雰囲気を持った人なので注意はしていたのだった。
(最近、こういう雰囲気を持った人が多くなっているように思う)
もしかすると、この男性は発言することで、
みんなの注目を集めたかっただけなのかもしれない。
私の少し怒った様な反応を見たかっただけなのかもしれない。
うなだれていることから見ても、それほど大意なく言ったことだったのだろう。
それに、わざわざ講義に出てきてくれた受講生の皆さん全員に
少しでも「よかった」と思って帰ってもらいたい。
「みなさん、申し訳ありません。私の説明不足な講義で、ご迷惑をおかけしました。
これからの話は、皆さんにご理解いただけるように進めることを努力します。
もし、わかり辛ったら、遠慮なく声をかけてくださいね」
特に最後の部分は、下手といった男性に向かって
眼差しで『この後の講義の参加を、どうしますか?』という意味を込めて言った。
男性は怪訝そうな顔をしながらも、軽く頷いてくれた。

その後、講義は無事終了、その日のアンケートでは
私の対応に好意的な意見が多くて安心した。
そして、当事者の男性は「自分は嘘はつけない人間なので・・」
と延々と言い訳を始めた。
男性は、きっと誰かと会話がしたかったのだ。

しかし、話が長い。う~ん、このままだと、まだまだ帰れない。それも困る。
「ご忠告をありがとうございました。私も自分の話し方を反省するきっかけになりました。
○○さんは、ずいぶんとご経験があるようですね。
次の講義は私の変わりにやっていただけませんか?」
ちょっと意地悪なことを言ってしまった。
「いえ、遠慮します」
と言いながら、男性は小走りで去っていった。

さて、どのような対応が最善だったのか。
今も答えはわからない。

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2009年9月 7日 (月)

なくて七癖

『なくて七癖』とはよく言ったものだ。
自分では気付かない癖を持っている人は多いはず。
きっと私にもあるだろうが、それは棚に上げて
人の癖は、どうしても目についてしまう。
私の場合は「音」を伴った癖が特に気になる。

ボールペンの芯を出したり引っ込めたりするカチカチ音
数十秒に必ず入る明らかに風邪とは違う咳払い
頻繁に行われるポキポキ指鳴らし
貧乏ゆすりが机に振動してカタカタと鳴る音
ああ、気になる。
というよりも、少しイライラする。

仕事帰りの新幹線の中で熟睡していたとき
カサカサカサカサ
バリバリバリバリ・・・・
パリパリ
パリパリパリパリパリパリ
嫌な音で目が覚めた。
うっすらと目を開けながら音の方向を見ると
膝の上に大きなビニール袋を乗せた男性が座っていた。
ビニールといってもスーパーのレジ袋ではなく
アパレルショップ等で購入した際に入れてもらうような
大きめの厚手のバリバリっとした感覚のビニールだ。
男性を観察すると
ビニールの中を覗き込む。→カサカサカサカサ
中をまさぐる。何を出すでもなく何度も繰り返す。→バリバリバリバリ・・・・
そして袋を腕全体で抱え込む→パリパリパリパリパリパリパリパリ
この動作を1分おきくらいに繰り返す。
袋から何か取り出す目的があるのなら仕方がないが
袋を抱えてパリパリ・バリバリする音を楽しんでいるとしか思えない。

ビニール音を出すのが癖なの?と思うかもしれないが
私は自分勝手に癖に認定することにした。
だって、平日夜のガラガラの新幹線で
(荷物を横においても誰も文句を言う人はいない状況だったにも関わらず)
わざわざ荷物を抱えて手を動かして音を出しているのだから。
そして1回や2回でなく、ずっと繰り返しているのだから。

私は、このビニール音が好きではないので嫌な音としか思えない。
しかし、この男性にとっては気持ちが落ち着く良い音なのかもしれない。
人それぞれの好みは違うものだ。
人の好みは注意することも避難することもできない。
無意識に行う癖によって、気持ちを落ち着かせたり
ストレスを発散していることもあるのだろうから。

男性は目を瞑りながらも、袋を抱える腕を動かしながら
音を出し続けている。
聞いている私は、不愉快な思いを抑えながら
その後下車するまでの1時間を、そんなことを考えながら耐えた。

でも
パリパリ・バリバリというビニール音は
嫌な音と感じる人が過半数以上だと思うのですが
いががなものでしょうか。

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2009年8月15日 (土)

地震がもたらしたもの

大きな地震を体感した。

早朝5時7分。
「少し大きい」と感じる程度の揺れで目を覚ました。
そして数秒後に地の底から突き上げるようなうなりとともに
激しい揺れに変った。
箪笥の上に置いておいたものはすべて落ちた。
キッチンから、食器類の割れる音が聞こえた。
しかし動くことができない。
突然の出来事に足がすくみ茫然とした。
とにかく揺れがおさまるのを待つしかなかった。

揺れがおさまったことを確認して寝室を出た。
食器棚の前に、割れたコップや皿が散乱していた。
本棚から飛び出した本やDVDも床に飛び出している。
おそるおそるリビングのテレビをつけた。
まだ、緊急速報は出ていない。
慌てた様子で息子も起きてきた。
「大丈夫?」
お互いの無事を確認し合う。
テレビの画面が緊急速報に切り替わる。

『震度6弱』

私の住んでいる地域は、
いつ大地震が起こってもおかしくないと日ごろから言われている。
幼稚園・小学生から防災訓練は徹底されており
地域での取り組みも積極的だ。
「来る、来る」と繰り返し言われてきたが実際にはおこらず
私にとって実際にこれほどの規模の地震を体感するのは、生まれて初めてだった。
(後からニュースで65年ぶりとあったので間違いない)

発生から10分足らずで広報が流れた。
東名高速道路が閉鎖になった。
上空をヘリコプターが飛び交う音が聞こえる。
ニュースでは、慌てた様子のアナウンサーの声。
「ああ、大変なことが起こったんだ」
不思議なものだ。
自分たちが災害の真っただ中にいるというのに
なぜか人ごとのようにニュースを聞いていた。
意外にも冷静な自分に驚いた。

「みんな、大丈夫かな」
息子がベランダから外を覗くと、いつもと同じ景色が広がっている。
混乱する声も、家屋の破損も見られない。
よかった。

「ほんとに、さっき、地震があったのか」
つい数十分前のことが、まるで夢のように思えた。

地震に備え、箪笥、食器棚、本棚等本体は
倒れないようにストッパーをしてあったことが不幸中の幸いだった。
扉が開いて破損したものはあるが、たいした被害ではない。
これぐらいで済んで良かったのだ。
次は、扉のストッパーをしないと。
それと、食料と水も備蓄しておかないと。
『備えあれば憂いなし』だもの。
午後、買い物へ出かけたが、いつもと変らなかった。

午前中は規制されていた電話回線も午後からは普通になり
久しぶりに遠方の友人たちからお見舞いの電話やメールに感激した。

今回の地震がもたらしたもの
災害に際してさらに備えなくてはならないものが確認できたこと
地域の皆さんの冷静な対応の素晴らしさがわかったこと
友人たちのあたたかい心を再認識できたこと

しかし、時間が経つにつれて恐怖が蘇ってくることは否めない。
発生間近は夢のような感覚だったことが
現在ははっきりと実感として残っている。
今更ながら手が震える。

とっさの時に、冷静な行動ができるのだろうか。
改めて考えさせられる出来事だった。

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2009年8月 8日 (土)

どこにでもある幸せ

事件がおこるたびに、とても切ない気持ちになる。
日々「なぜ、こんなことになってしまったの」と思うことばかりだ。
もちろん、直接関わっていない私などが偉そうなことは言えないし
知らない世界で生きている人たちにとって
計り知れないプレッシャーはあることはわかるが
それにしても『なぜ?』という疑問は払拭できない。

テレビ画面には、今日も思いもしなかったようなニュースが映し出された。
洗濯物を取り込もうとしている私の耳に
テレビから流れてくる音声だけが聞こえてくる。

洗濯物を入れるためにベランダへ出た。
久しぶりの晴天で、カラっと乾いた息子のTシャツ。
気持ちのよい風が頬を撫でた。
洗いたてのシーツの匂い
ほのかな洗剤の香りとお日さまの、何とも言えない心地よい香り。
爽やかな汗が額から流れた。
「今日のビールはおいしいだろうな」
後から飲むだろうビールの喉ごしを想像しながら
ひとりほくそ笑む。
ベランダから見える、いつもと同じ景色。
緑に溢れ、きれいな空気を体全体で感じられる。
何もないけれど、自慢の故郷の風景。
「そうだ、夕方になったら散歩がてらスーパーまで歩いて行こう。
今日は何を作ろうかな・・・・」

テレビから流れてくる世間を賑わしている事件とは
正反対の日常が過ぎていく。

私は
一等地にある高級マンションに住んでいるわけでも
いとも簡単に数十万のお金をATMから引き出せるわけでも
きらびやかな洋服に身を包んで裕福な生活をしているわけでもない。

カラッと乾いた洗濯物を取り込むこと
ベランダで季節の風を感じること
目の前に広がる景色を見ること
散歩して乾いた喉に冷えたビールを流し込むこと
「おいしい」と言って手料理を食べてくれる家族がいること
どれもこれも、私にとっては幸せなひと時だ。

上を見たらきりがない。
一度経験してしまったことは繰り返すことで当たり前になり
普通のことになってしまうのだろう。
もっともっとと、気持ちが溢れだして
『どこにでもある幸せ』を見過してしまうのかもしれない。

多少の不満はあるけれど
なんでもないことに幸せを感じられることは
幸せなんだなぁ。


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2009年7月25日 (土)

雨の日は『雷さま』

毎日、空模様が読めない。
「快晴だ」と気分良く洗濯物を出してちょっと買い物に出かけたら
突然のスコールのような雨。
洗濯物はびしょびしょで、二度手間にはなるし、髪の毛はくしゃくしゃだし。
そう、”くせ毛”の私にとって、今が最も苦手な季節だ。

母の遺伝子を受け継いで、物心ついたころからくせ毛だった。
小さなころの写真には、クルクルした髪の毛の私が映っている。
特に髪の量が少ない幼少期は、
耳の上で一回転している程の巻毛だった。
姉いわく「かわいかった」とのことだが
この”かわいい”は、どうやら犬や猫に共通するかわいさだったように思う。
そういう姉は、父からの遺伝で驚くほどの直毛。
年頃になってパーマをかけたものの数日で戻ってしまうくらいのストレートだ。
現在もそうだが、これほど似ていない姉妹も少ないだろう。
すべてが正反対だ。

髪の毛が面倒だと決定的に気付いたのは
小学校のプール授業のときだ。
低学年のときは気にすることはなかったが
高学年ともなると多少色気づいてくるわけで
プールが終わったあとの自分の髪型に愕然とした。
ストレートの女子たちは、タオルで拭いただけで乾いてもきれいにまとまるのに
(なんて、爽やかなんでしょう)
くせ毛の私は、朝の髪型から激変する。
乾くとともに、まるでドリフターズの高木ブーさんの『雷さま』のように変わってくる。
(なんて、おもしろいんでしょう)

自分の髪の毛にずっとコンプレックスをもっていたので
高校を卒業してすぐに、パーマをかけた。
結果は、私のくせ毛の方が強かったため代り映えしなかった。

20歳を過ぎてから、髪の毛を伸ばした。
まさにサーファー、ハマトラ、そして『W浅野』世代の私たちにとって
サラサラ・ワンレングス・ロングストレートヘアーは憧れだった。
しかし、その願いもむなしく散った。
少しうねうねのロングヘアーで我慢をしていた。
毎日ブラッシングを丁寧に行い、バックにはいつもブラシを携帯した。
シャンプーやトリートメントも多少高くても良い成分のものを使うように気を配る。
ストレートパーマ、縮毛矯正を行うなど、
それなりにおしゃれに時間とお金をかけた若き日。
ああ、懐かしい。

そして現在。
かなりのショートカットに変った。
長い髪の毛を丁寧にブラッシングするだけの気力がない。
というか、○十肩で手が届かない。
ブラシは荷物になるので持たない。手櫛で十分。
シャンプー・トリートメント?なんといっても価格が決め手。
あそこのドラッグストアで特売だから買ってこなくっちゃ。
パーマなんてお金出してかけるのもったいない。
だって、くせ毛なんだから、パーマかけているのと変わらないじゃん。
なんて経済的な私。

人の考え方は月日が経つと変るものだ。
何ごともポジティブに考えられるようになったとも言えるが
おばちゃんになったとも言える。

そして、突然の雨。私の髪型は激変する。
雨の日は『雷さま』
いくつになっても変らない。

やはり、苦手な季節だ。

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2009年7月18日 (土)

マグロ体質

今年の4月から、働き方を少し変えた。
お世話になった職場から全部離れてしまうのではなく
関わりを持ちながら、自分なりの仕事もできるような環境になった。
半フリーの状態だ。
自分の年齢と体調を考えての結論だった。
息子には2年くらい前から相談をし
「少しのんびりしたら。自分の体のことも考えながら好きなことやってみればいいじゃん」
この言葉で決断した。
「いざとなったら、食べさせてね」
最悪の場合のフォローも、何気なくお願いした。

一応のけじめとして、職場でも飲み会を開いてもらったが
次の日も出勤しているのだから、あまり変わらない。
特に、仲良しの(私が思っているだけかも)ふたりの女性とは別の席を設けた。
私よりかなり若い独身女性で、大変お世話になったふたりだ。
おばちゃんの私に対しても、素直で明るく接してくれ
時には娘のように、しかし仕事ではミスをカバーしてくれるという
頼もしい存在だった。
彼女たちと話をしていると、とても楽しい気分になる。
年齢は違っても気後れせず且つ誠意をもって話をしてくれるので、ありがたい。

「これから、どうするんですか」 何気なくこれからの予定を聞かれた。
「少し、のんびりしてみようと思って」
「のんびり、ですか」
「そう、自分の時間をつくってボ~ッとしてみるのもいいかもね」
「ボ~ッとですか」
「うん。時間に追われることが多かったから、そういう時間ももってみたいな」
「私は無理だと思います」 
「えっ、どうして」 彼女の言葉に驚きながら訊いてみた。
「だって、○○さんは『マグロ体質』ですから」
彼女はそう言いながら、にこっと笑った。

<マグロ生態豆知識>
 マグロは口とえらをあけて泳ぎ、そこを通る海水で呼吸をしている。
 マグロは泳ぎをとめると窒息してしまうため
 たとえ休息している(寝ている)ときも止まらない。

私はマグロ
止まると窒息してしまう→つまり彼女いわく、私は動いていないとダメということらしい。
そう言われれば、思い当たる節がある。
スケジュールが空いていると不安になり、進んで埋めようとしているのも
休みで何もすることがないときに限って体の調子が悪くなるのも
自分では責任感が強いからだと思っていたが、
マグロ体質だからなのかもしれない。

「(確かに)心配してくれてありがとう。でも、少しのんびりしてみるね」
「大丈夫ですか。心配だなあ。動いてないと死んじゃいますよ!」
えっ、ダメどころじゃなくて、私は動いていないと死んでしまうの?
いったいみんなは私のことをどう思っていたのか、
改めて詳しく訊いてみたくなった。

さて現在、彼女の予想どおりになっている。
朝から予定がない日は、ボ~ッとするどころか調子が悪くなる。
逆に忙しい日は、体調がすこぶる良い。
そのため、極力スケジュールを埋めて動くことを考えている。
「からだを休めるために、今の働き方に変えたんじゃなかったの。
そんなに働いて動きまわっていたら、死んでしまうぞ!」
息子の忠告が耳に痛い。

「そんなに動き回っていたら死んでしまうぞ」か。
でもまてよ、私はマグロ体質なので「動いていないと死んでしまう」のだから・・・

はてさて、答えはどちらでしょう。

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2009年6月 6日 (土)

卵を割ったことがない女子高生

以前、面談した30代女性の話だ。
「私、高校の調理実習の時、生卵をどうやって割るのかわからなかったんですよ」
フフフと笑いながら言った彼女の言葉の意味が、始めはよく理解できなかった私。
どのようにリアクションしたらよいのか戸惑い「そうだったの」としか言えなかった。
「そうなんです。おかしいでしょ。だから、私は娘には同じ思いをさせたくないんです」
今や一児の母となった彼女が、キッとした眼をして力強く答えた。

彼女は裕福な家庭に生まれ、小さな頃から何不自由なく育ってきた。
ご両親の可愛がりようといったら、目に入れても痛くないほどで
他と比べようのなかった彼女にとっては、それは当り前のことだった。
特におかあさんの接し方は、過保護「超」がつくほどで
何から何まですべて先回りして整えてくれたそうだ。例えば、

『学校を卒業するまで、自分で明日の持ち物を揃えたことがない』
つまり、明日の予定をお母さんがチェックして
次の日の教科書・ノート、給食袋、体操着といった持ち物
はたまた鉛筆削りから、足りないものの補充までしてくれていたので
帰ってくると鞄をおいて、次の日はそのまま持って行けばよかったそうだ。
ということは逆もあり、汚れたものは自分で出さなくても
知らない間に新しいものに変わっていたという。

『学校の提出物もほとんど自分でやったことがない』
明日、家庭科の提出物があるとすると
お母さんが以前から用意して作ったものを提出していたそうだ。
そのため彼女は成績がとても良く、きっちりした生徒という評価を受けていたという。

卵を割ったことがない女子高生だった』
生卵を食べるときは、お母さんが卵を割って、カラザをとり、醤油を入れて混ぜ
ご飯の真ん中をへこませて、卵を流しいれた状態で食卓に出してくれたという。

以下、比較として我が家の状況を列記してみよう。

『学校を卒業するまで、息子の鞄を開けたことがない』
つまり、計画帳をしっかり書いてこない息子は何を持っていけばいいのかわからず
毎日、同じクラスの幼馴染に電話をして持ち物を聞く。
そのうち慣れっこになって「聞かなくてもいいや」と電話もせず、忘れ物が始まり
状況はエスカレートし忘れ物チャンピオンに輝く。
「忘れてもなんとかなるさ」と、とんでもない根性だけが養われ
規則を守れない、いい加減なだらしのない生徒という評価がつけられる。

『学校の提出物があることなど全く知らない』
提出物どころか、学校からのプリントさえ持ってこない状況のため
息子の様子がさっぱりわからない母親。
見るに見かねた友人が、「来週の○曜日に参観会だよ」というように
これからの予定を逐一連絡してくれる。
特に家庭科等の提出物については息子から
「手伝ってほしい」ようなことを言われたことが一度、うっすらと記憶にあるが
「私の提出物ではない」と拒否したため、二度と頼まれることはなかった。

『生卵を食べたい人は自分で用意』
生卵?冷蔵庫に入っているよ。醤油?同じく冷蔵庫にあるでしょ。
入れ物?どういったものが使いやすいか自分で考えて用意しなさい。
カラザがとれない?それも栄養なんだから、そのまま食べちゃえばいいの。
そうそう、ぐるぐるってかき回せばわからないから。

調理実習で卵が割れなかった彼女に友人が大爆笑しながら
「全く、お嬢さんだから仕方ないなあ。さあ、やってみようか」
と、卵の割り方を教えてくれたそうだ。
彼女がしみじみ言った。
「ものすごく情けなかった。そして友人に感謝しました。
もしあのとき友人が大爆笑してくれなかったら・・・どうなっていたのかなぁ」

その後彼女は「このままではいけない。自分が変わらなくては」と心から思ったそうだ。
就職してからも一般常識がわからず、とても苦労したと話しを続けた。

「でも、その時、気がついてよかったね。
それに、素晴らしい友だちがいてよかったね」

「はい」とニッコリと笑った彼女の笑顔がまぶしかった。

相手のために良かれと思ってやったことが
度を過ぎてしまうと逆に相手のためにならないこともある。
しかし、あまりにもやらなさすぎることも、よくはない。

話を聴きながら、自分のことを振り返って反省した一日だった。

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2009年5月23日 (土)

アシュリーの言葉

数年前から放送されているドキュメンタリーで
プロジェリアという病に向き合っていたアシュリー・ヘギさんの生活を追っていた。
その彼女が、先日の放送で「17年の生涯を閉じた」と報じられた。

プロジェリアとは、全身の老化が異常に進行する病で
発症すると通常の速さの約10倍で老化がおこるというものだ。
17歳の彼女の見た目は、とても失礼な言い方をすれば老人だった。
しかし、心は17歳。
学校に行きたい、恋もしたい、おしゃれもしたい、アルバイトもしたい。
日に日に動きづらくなる自分の体に恨みごとも言わず
精一杯に生活している彼女の姿。
「病気だからかわいそう」なんてもし一度でも思った人がいたら
大バカ者だ。
今回ばかりは、強く主張する。

私でも落ち込むことはある。
他の人から「いつも元気ですね」と言われるが
そう思ってもらうためには、
自分なりにセルフコントロールしている苦労もある。
仕事がら
『音をあげるわけにはいかない。いつも強い気持ちでいなきゃ』
思い切り突っ張っているわけだ。
(まあ、たまには愚痴ってみるのもいいかもしれない)
見た目には強い人ほど、意外にデリケートなんだな、これが。

最近もそうだった。
珍しく体と心に力が入らない。
すべて投げ出してしまったらどれだけ楽になるだろうか。
そうだ、投げ出してしまえばいいんだ。
後のことなんて知ったこっちゃない。
ああ、そうしよう。
投げやりな自分がそこにいた。

アシュリーが言った。
おそらく体はいうことをきかず、大変な状態だったのにもかかわらず

「不満を言うほど、人生は悪いものじゃないから」

ぼ~っとしながらテレビを見ていた私は
頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

やられた。
そして、それこそ大バカ者の私。

でも、この場面でこの言葉が聞けて本当によかった。
アシュリーさんに助けられた。
アシュリーさん、あなたは本物の天使です。

現在の状況も不満も、投げ出さずにするとしよう。
人生は不満を言うほど悪いもんじゃない、もの。

さて、これから何度『アシュリーの言葉』を思い出すことがあるのだろう・・・。

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2009年5月 5日 (火)

インフルエンザ

世界的にインフルエンザが大流行している。
海外で暮らしている方はもちろん、旅行帰りの皆さんは
体の変化により敏感になっていることだろう。

そんな中、日本から、地元から、いいや家からほとんど出ることなく
ゴールデンウィークを過ごしているのにもかかわらず
日々発信される情報に振り回されている私。
ニュースで「A型インフルエンザのおそれのある」
なんて聞いちゃったときには、医学知識の欠片もない私などは
これからどうなるのだろうか自分なりに考えた挙句
とりあえずドラッグストアでマスクとうがい薬を購入。
加えて、スーパーマーケットで保存食を買い
ある程度買い物に行かなくても大丈夫なように備えるなど
少しずれた行動をするのがオチだ。

それにしても、今更ながら
なんでこんなに、このインフルエンザがニュースで取り上げられているのだろうか。

インフルエンザとは急性感染症の流行性感冒のことで流感(りゅうかん)とも言われる。
1918~1919年に発症したスペインかぜが世界的に有名で
世界的大流行(パンデミック)を起こす危険性があり
特に毒性の強いものでは多数の死者を出す恐れがある。
近年ではヒトからヒトの感染以外に、動物からヒトへの感染もみられ
これを『新型インフルエンザ』と呼んでいる。
ここ数年のトリインフルエンザ発症は記憶に新しい。
そして今回注目されているのが、ブタインフルエンザという新型だ。

予防にはワクチンが使われる。
流行前に予測してワクチンの接種を行い体の中に免疫をつくり
発症を緩和させる予防(予防接種)をする。
発症してしまったら抗インフルエンザ剤を投与し安静にしているしかない。

これまでの歴史の中で、数えきれないインフルエンザが発生し
それに対するワクチンや抗インフルエンザ剤が作られてきた。
しかし今回は新型だ。
まだ確実なワクチンもなければ、どんな薬が効果があるのかもわからない状態だ。
そして問題なのは、このインフルエンザの毒性が強いと
被害がさらに増大する可能性が強いことである。

ワクチンを作るには、半年前後かかるそうだ。
そして抗インフルエンザ剤を見極めるのにはどれくらいかかるのだろうか。
それこそ私たちには計り知れない領域だ。
おそらく世界中の科学者が、寝食惜しんで取り組んでいるのだろう。
頭が下がる。

私たちにできることはなんだろうか。

ひとりひとりが自分の体の変化を的確に見極めるしかないのかもしれない。
自分の体は自分が一番よく知っているはずだ。他の人にはわからない。
それをいいことに、ときには、目を逸らして見て見ぬふりをしたり
これくらい大丈夫と無理をしてしまうこともある。
しかし、もし相手にうつったり迷惑をかけるとしたらどうだろう。
自分だけでは済まされない。

今回のインフルエンザがどうぞ毒性の強いものでありませんように
そして一日も早く、一番よい治療法が解明されますように

他力本願で祈るしかなさそうだ。

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2009年3月 9日 (月)

すれ違いざまの落し物

昨年から、ウォーキングを続けている。
休日には昼間も可能だが、平日は必然的に夜間・20時ごろから歩き始め
まず家から約1キロ先の公園を目指すのがお決まりのコースだ。
最近は健康ブームの影響で、同じ方向にトレーニングウェアを着てジョギングする人
友だち同志でウォーキングをするグループも多いが
逆方向に、会社帰りに自宅まで歩いて帰るスーツ姿の男性も増えてきたように思う。

公園までの道程は、行きは登りで帰りは下りのなだらかな傾斜を描いている。
丁度傾斜が終わった所に商店街があり、私が通る交差点にクリーニング店がある。
このクリーニング店は22時まで営業しているため
会社帰りのサラリーマンがスーツやワイシャツを引き取っている姿もよく見られる。

先日も、いつも通りに家を出発した。
公園までは身体をほぐしながらストレッチをしながら進む。
商店街が近づいてくると、すれ違う人も増えてくる。
前方に、肩越しに数着のスーツを担ぎながら携帯電話で話をしながら歩いてくる
若い男性がいた。
「この人もクリーニング店に寄ってきたのだな」と何気なく思いながら先を進む。
男性は、携帯電話での話しに夢中だ。
そして彼がすれ違いざまに何かが落ちた気配がした。
しかし彼は携帯電話をかけながら、そのまま前へどんどん進んでいく。
私も、自分の錯覚だったのかと、気配があったと思われる場所を確認するが
何せ外灯もない暗い道なのでよくわからない。
しかし凝視していると目が慣れてくるものだ。
黒っぽい塊があるように見えた。
恐る恐るその塊に向かって手を伸ばしてみる。
柔らかい布の感触だ。
スーツのパンツだ!」

思わず、携帯電話の彼に「あの~落し物ですよ」と叫ぶが全く気がつかない。
パンツを持って走りながら声をかけるが一向に振り向かない。
やっと近づいて「すみません、これ、落とされませんでしたか?」
とパンツを差し出しながら息も絶え絶えに尋ねた。
男性は未だ携帯電話で話をしている。
携帯を片手に怪訝そうに見ていた男性も、パンツを見るとはっとして
「あっ、俺のだ」
そう言うと、パンツを私の手から取り上げた。
そしてまた、携帯電話で話を始めた。
「あ、悪い悪い。今、クリーニングに出していたスーツのパンツを・・・」
と言いながら、クルっと振り向いてそのまま歩い行った。

「はあ、なんだこいつは。悪い悪いっていう相手が違うだろ」
置いてけぼりをくらった私は心の中で情けなく呟いた。
そして、
『あんな奴のパンツなんて、拾ってやらなきゃよかった』
と本気で思った。

こんなことを考えた私、いけないのでしょうか?

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2009年2月27日 (金)

子どもを花粉症にしない9か条

『子どもを花粉症にしない9か条』が発表された。

①生後早期にBCG接種
②幼児期からヨーグルトなどの乳酸菌飲食物を与える
③小児期はなるべく抗生物質を使わない
④猫・犬を家の中で飼う
⑤早期から託児所等に預け細菌感染の機会を増やす
⑥適度な不衛生な環境
⑦狭い家に子だくさん
⑧農家で育てる
⑨手や顔を洗う機会を少なくする

花粉症は文明病であり「免疫機能失調症」とも言われている。
また、ある程度不衛生でエンドトキシンの量が多い環境に育つと発症が低く
逆にインフラが完備されたきれいな環境、車の交通量の多いところは高いそうだ。
エンドトキシン→細菌細胞壁内に存在する耐熱性の高分子毒性物質(?)
エンドトキシンの発生源は家畜の糞だと言われていて
一例として、1歳までに家畜小屋に入ったことのある幼児のアレルギー発症率は
そうでない子に比べてかなり低いという統計結果も出ていた。

つまりキレイすぎる環境が花粉症等のアレルギーを増幅させる一因でもあり
小さな頃から『適度な不衛生』の中で免疫力がつけられるということか。
『適度な不衛生』・・ずぼらな私には、なんていい響きなのだろう。

ちょっとまてよ。息子のことを検証してみると・・・
①BCGは1歳前に接種した。
②ヨーグルトやヤクルトなど大量に食べて飲んだ。人の分まで(盗って)摂った。
③抗生物質はほとんど使ったことがない。というより病気をしないので使う必要がない。
 現在までに病院に掛かった費用は、うちの猫の数ヶ月分にも相当しないことは事実。
④猫・犬は生まれてからずっと一緒。多いときは10匹の猫と犬と暮らしていた。
 退院したその日から猫と添い寝をし、生まれてから動物がいなかったことはない。
⑤託児所にはいかななかったが、毎日、公民館や公園でたくさんの友だちと
 泥だらけになって子犬のように転げまわって遊んでいた。
⑥適度な不衛生。これにかけては自信がある。
⑦一人っ子ではあるが必ず誰かが遊びに来ていたし、家の狭さは◎。
⑧自宅は農家ではないが、親戚の農家の鳥小屋で寝かしたこともあるのでバッチリ。
 じいちゃんが畑を借りているので、庭の様子は農家さんと変わらない。
⑨手や顔を洗う機会を”少なく”どころか、奴は、あまり洗っていなかっただろう。
 たぶん、いいや、きっと。だって、見たことないもん。

なんてことでしょう。
ほとんどクリアだ。やった!

だから息子は幸いなことにアレルギーがないんだ。
そうか。
私は「アレルギーになりにくい環境」を、知らず知らずのうちにつくっていたんだ。
なので、多少の泥水やどぶの水を飲んでもお腹を下すことも
ホウ酸団子を食べてしまったときも中毒にはならず
落ちたものを食べても「おいしいね」と言ってニッコリ笑い
病院のお世話になることも少なく、元気なんだ。

えっ、明らかにそれは違うだろう・・・と。

そうです。
注意するのは『適度』なことで
くれぐれも『過度』にはならないことだ。

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2009年2月23日 (月)

矛盾

通勤途中に時々目にする光景だ。
とある会社のビル前を社員の方たちが掃除をしている。
道に落ちているゴミを拾い、ほうきで丁寧に掃き、道端の雑草を抜く。
若い女性社員から年配の男性社員まで、年齢や序列に関係なく
和気藹々と掃除している姿を見ると、朝から清清しい気持ちになる。

当初は、ただ通り過ぎているだけだったが頻繁に顔を合わすようになると
すれ違うときにはお互いに笑顔で会釈をし合うようになり
いつしか「おはようございます」と挨拶を交わし
「寒いですね」「朝早くから大変です」などと一言二言話すように変わった。
そして今では、他の時間にたまたま顔を合わすときも
「こんにちは」「お疲れ様でした」「今から、お帰りですか」と声を掛け合い
中でも年配の男性の方は、こちらが気がつかないときも
向こうから声をかけてくれるようになった。

この男性は他の社員の態度や反応をみていても
会社の中では『上司』であろう。
その上司が皆と一緒に掃除をしていることは、素晴らしいことだ。
「きっと若い社員の方たちにとっては『良い上司』なんだろうなぁ」といつも感じていた。
話をしてみると、私の印象は間違いなかった。
笑顔が素敵な気さくな方で、とても話しやすかった。

先日、駐車場から会社へ戻る途中、私の視線の先に
その男性の後姿が飛び込んだ。
スーツをビシッと着てアタッシュケースを持って誰かを待っているようだった。
いつも、ほうきをもっている姿ばかり見ているので
いかにも「仕事をしている」姿は、とても新鮮に見えた。
そして男性が振り返ったとき、口元に煙が立ち昇る煙草をくわえていた。
「煙草を吸うんだ・・・」と少し違和感を抱きながらぼんやりと歩いた。
なぜなのかはわからない。
目の前の男性の姿は、私が勝手に想像したイメージではなかったのだ。
タバコを吸うことではない。
この状況でタバコをくわえている姿に対してだった。

次の瞬間、私の少しの違和感は決定的なものとなった。
待ち合わせの車がやってきたのだろう。
男性はチラッと車道に目をやり、軽く手をあげて挨拶すると
くわえていた煙草を路肩の側溝に投げ捨てた
いとも簡単にポンと、だ。

一瞬目を疑った。
なぜ?
ここは、あなたがいつもきれいに掃除している場所じゃないの。
朝の掃除は一体何なの。
私は男性の行動に大きな『矛盾』を感じずにはいられなかった。

男性はいたって普通だった。
悪びれたそぶりもなく、笑顔で車に乗って行った。

私は、やりきれない気持ちで
側溝に落ちていた煙草の吸殻を拾いティッシュにくるんだ。

次の日の朝
いつも通りに掃除をする光景が見られた。
もちろん男性もいた。
そしていつもするように、男性は笑顔で挨拶をしてくれた。
私も挨拶を返したものの
頭の中では、更に大きな『矛盾』を感じながら会社へ向かった。

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2009年2月19日 (木)

『かみなりおやじ』と『がんこばばあ』

昔は『かみなりおやじ』や『がんこばばあ』が近所には必ずいたものだ。
文字通りの意味を考えると煩わしいだけの存在だが
私が思い描くイメージは、ただ理不尽に怒鳴っているだけでなく
愛情をもって子供たちにルールや規則を教えてくれる存在だった。

現在はどうだろうか。
知らない子どもに注意しようものなら、その子の母親から睨まれかねない。
スーパーでお肉のパックを指でつついて穴を開けている子どもを注意をしたら
「うちの子が何か」と、つっけんどんな態度の母親が訊いてきた。
理由を説明しても、一向に態度は変わらない。
それどころか挙句の果てには「こわいおばちゃんだね。あっち行こうね」
と子どもの手を引いて、さっさと逃げる。
あまりの情けなさに「言わなければよかった」と何度思ったことだろう。

社会風潮や家族構成の変化に伴って
『かみなりおやじ』や『がんこばばあ』の愛すべきキャラクターは激減した。

しかし、今でも屈せず伝統を守り続けている人が私の周りには多くいる。
その代表格が、うちのじいちゃんとばあちゃんだ。

近所の子どもが何も言わずに前を通ろうものなら
「おはよう」
「・・・・・・・・」
挨拶はどうしたの。お・は・よ・う!」
「・・・おはよう」
挨拶をするまで通さない。うちの前は時々関所になる。

猛スピードでブレーキをかけずに走り抜ける自転車は追いかけて捕まえる。
ブレーキをかけずに路地から広い道へ出ようものなら、大声で止める。
運転していた子どもに命の大切さと交通ルールを説く。

道端にべったり座って化粧をしている女子高生には
マナーと身だしなみはおしゃれとは違う、きれいにするのは心からだと説く。
そしてなにより「みっともない」ことを伝える。

バスでゲームをしながらふたつの席を独占している元気そうな小学生には
「赤ちゃんを連れたお母さんに席を譲ってあげて」と半ば強制的に立たせる。
この場合、自分こそ老人で席を譲られてもいい立場ということは分かっていない。

どこのじいさんだかばあさんだかわからない人にいきなり注意されるのだから
そりゃあ、言われた人は驚くだろう。
お節介といえばそれまでだが、よく聴いてみると、感情だけで怒鳴っているのではなく
ポイントを抑えたまともなことを説いているのだ。

また、このじいさんとばあさんは意外に単純で根に持たない。
相手が「ごめんなさい」なんて、自分の否を素直に認めちゃったりすると
態度はコロッと変わり、ニッコリ満面の笑顔で
「こっちこそお節介なこと言ってごめんね。あんたは素直でいい子だ」
それまで言っていたことはすっかり忘れ、180度違う高評価に転じる。
その時点から、年齢を超えた友だち関係、物分りのいい好好爺にと変身する。

私は、子育てをするうえで、強力なじいいちゃんとばあちゃんにサポートしてもらった。
そして、近所の人々にも、どれだけ助けてもらったことか。
挨拶しないで通り過ぎようとしたうちの息子を注意してくれた隣のおばちゃん。
車道でふざけていて引かれそうになった息子を、真剣に怒鳴ってくれたおじいちゃん。
周りの大人たちがみんなで育ててくれたことに、大感謝だ。

家庭だけにとどまらず、地域が一丸となっとなって子育をしてくれる環境は
核家族には、とてもありがたい存在なのではないだろうか。
言葉は悪いが、利用しない手はないと思う。
まっ、ちょっとうるさいのは玉にキズだが。

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2009年1月15日 (木)

ひとり

基本的に『ひとり』が好きだ。
映画も買い物も、大概ひとりで出かける。
こんなふうに極端に言うと、言葉の意味だけにとられてしまうが
決して人と付き合うのが嫌いなわけではない。

「誰かがいないと淋しい」という人も多いが
私の場合、そんなことは全くない。
ひとりでいると淋しいどころか、結構楽しい。

仕事上話をする機会が多いので、とても話し好きに見られるが
実は、お喋りや無駄口はあまり好きではない。
むしろひとりで何かをしているほうが好きだ。
ずっと黙っていても苦痛にはならない。
休日には一歩も外へ出ない”巣篭り”状態で過ごすことが度々だ。

私は、仕事でもプラーベートでも『アクティブ』なイメージをもたれている。(と思う)
つまり、周りの皆が持つイメージと実際の自分とはかけ離れいてる。
私にとって、このギャップを埋めることが大変難しい。

そんなとき、意図的に”自分だけの世界に引きこもる”ようにしている。

この行為は、他の人が持つイメージと自分とのギャップを埋め
心のバランスを保つために、必要不可欠なことなのだ。

ひとりで本を読む
ひとりでコミックを読み漁る
ひとりで映画を観る
ひとりでゲームに没頭する
ひとりでウィンドーショッピングに出かける
ひとりでふらふらと散歩する
ひとりで妄想にふける

ひとりで何かすることが、私のストレス解消法だ。

「ひとりで○○ばかりしてないで・・・」
つい、誰かに嫌味っぽく言ってしまったことはないだろうか。
一概には言えないが、
もしかするとそれはその人にとっては大切な行為かもしれないのだ。
人によって心のコントロールの仕方は違うことを理解してほしい。

人はひとりでは生きていけない。
私も周りの人々に支えられて生きている。
「ひとりがいい」
なんてわがままを言うことが出来るのも
周りの環境が満たされているからなのかもしれない。

好き勝手なことを言える現況に、心底感謝しないと。

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2009年1月13日 (火)

偏頭痛の原因

最近、偏頭痛がひどい。
もともと頭痛もちなのだが、年齢と並行して悪化する一方だ。
原因は何なのだろう。
疲れやストレスが貯まると、体全体にひずみが出るのだろうか。
私の場合は、肩こり・目のシパシパ・頭痛・吐き気といった症状が表れる。

正月の疲れが顕著に現れたのが、仕事初めから数日経ったときだった。
まず『めまい』が襲ってきた。
これは学生の頃からの年中行事で、低血圧のせいなので仕方がない。
よく低血圧というと、どこかアンニュイ(古くてごめん)で気だるいような
特に女性だと”か弱い”イメージがあるので私とは無縁に思われるが
間違いなく私は正真正銘の低血圧だ。(威張ってどうする)
そんな話を学生にすると大概
「イメージちがくない?先生どう見たって高血圧じゃなくない」
とわけのわからない言葉で感想を述べられるのがオチだ。

次に、頭の中でビ------ンという金属音がするようになった。
プラスしてプールに潜って水が片耳に入っているような感覚がする。
唾を飲み込むと一瞬治るが、なかなか元に戻らない。
ついに、どこにいてもトンネルの中にいるような聞こえ方になった。

これはまずい!
何といっても健康あっての生活なのだから。
(でも病院は行きたくない。最後の手段にとっておこう)

そうとなったら実行あるのみ。
食事は野菜を中心に多品目をバランスよく摂る。
晩酌を我慢し、その分は食品でカロリー補給をする。
水分補給と睡眠にも気を配り、できるだけ体を休めることを優先した。
動かないのもかえってよくないので、なるべく歩くことを実践した結果
やっと元の体に戻ってきた。
やれやれだ。(よかった、病院に行かなくてすんだ)

この連休で、やっと治ったと思った偏頭痛が再発した。(いよいよ病院か)
夜、テレビを見ていたときのことだ。
明らかにテレビの音とは違う何かが耳の奥で聞こえている。
体を動かさずじっとしていても、ジンジンと頭の中に音が響いている。
「また頭痛だ。治ったと思ったのに」気になりだすと更に音が大きく感じられる。
耐え切れなくなり目をつぶるが状況は変わるどころか、震動まで加わってきた。
そしてその震動は規則的なリズムまで刻むようになった。
『ドンドンドン、ドドドンドドドンドドドンドン、ドドンガドドンガドドンガドン』
あれ、なんかおかしい。ドドンガって頭痛はないよね。
『ドンドンドンカラカッタドドンガドン、ドンドンドンカラカッタ・・・』
カラカッタ? 耳を澄ますと、軽快な音楽も聞こえてくる。

なんだ~「太鼓の達人」じゃん。

近所でやっているゲームの音を、偏頭痛と勘違いしていたのだった。
その証拠に私の偏頭痛は、ゲーム終了と共に去っていった。

今回の偏頭痛は空振りに終わったが、
それまでの私の不調は、年末・年始の忙しさが尾を引いていたのは間違いない。
以前は「これぐらいのこと」と思うことでも、年々状況は変わっているのだ。
数年前は簡単に元のペースに戻せたことが、今は数倍、いや数十倍の日数がかかる。
それを受け止められないため更に悪くなるという悪循環になるのだろう。

「結局、年のせいなんじゃん」そんな息子の言葉にも
「なんだって?そんなことはない。私まだまだ若い」なんて見栄を張るのはやめよう。
自分の現状を素直に受け止め理解することが大切なんだ。
でも、ちょっと悔しい。
「それにね、院に行きたくない』なんてどうせ思ってるんでしょ。
子どもじゃないんだから、一度しっかり検査してもらったほうがいいんじゃないの」
ピンポーン。そして、ごもっとも。

しっかり検査しなければと、一応心に誓った。

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2008年12月24日 (水)

お通夜

近所の名物おじいちゃんが亡くなった。
息子の同級生の『じいじ』だ。

じいじは近所で行われる各種イベントには欠かせない存在だった。
孫たちが通う幼稚園では『もちつき』大会をしきった。
知っている父兄ならまだしも、知らない父兄や先生たちにも容赦ない指導を与え
「誰、あのおじいさん」とそれをきっかけに全園児と父兄から知られることになった。
他でもすべてがそんな調子だった。

これだけだと、ただの迷惑なおじいちゃんと思われがちだが、ところがどっこい。
とにかくキャラクターがいい。
独特の喋り方と毒舌を毒舌とも思わせない話術
言いたいことは言うが、ふとしたときに「なるほど」と人を引き付ける態度
近所の子どもたちをわけ隔てなく可愛がってくれる愛情
表情たっぷりでユーモアのセンスあるお茶目な魅力
こういったものを持ち合わせているので、どこか憎めない
特に子供というのは人を見極める目を本能でもっているように思う。
近所の子供たちはおじいちゃんのことを『じいじ』と慕っていた。
この呼び名は父兄にも浸透し、皆が『じいじ』と言うようになった経緯がある。

この愛すべきキャラクターは家族にも遺伝、伝染(?)している。
つまり直系の子ども、孫ばかりでなく、血が繋がらない嫁にまで、だ。
中でも息子と同級生の次男ユウタのキャラクターは幼少の頃から飛びぬけていた。
彼は幼稚園~高校卒業まで、数々の伝説をつくってきた。
幼稚園では真冬でも素っ裸で園庭を駆け回り、泥だらけになって遊び
校舎の屋根に上るなんてことは朝飯前
小学校の入学式では校長が挨拶している真ん前で側転をし
中学では故意ではないにせよ、○○室の天井に穴を空け・・・etc
ふうっ、数え上げたらきりがない。
母親である友人とは、同じ種類の息子をもった者同士、通じるところが多々あった。
類は類を呼ぶ、悪がき同士、ユウタと息子はよく遊んでいたものだ。
その息子たちも今は大学生と社会人なのだから、笑っちゃう。

じいじの愛すべきキャラクターと家族の人付き合いの多さから
お通夜にはたくさんの参列者の姿があった。
私も友人たちと、焼香の順番を待った。
おばあちゃんを筆頭に家族全員が並んで、みんなに挨拶をしている。
じいじは楽しいことが好きな人だったので、皆、努めて明るく振舞っていた。
参列している私たちも「じいじは笑顔が好きだから泣かない」と決めていた。
祭壇に飾られた写真は、一番じいじらしい笑顔だった。
トレードマークのハンチング帽を被った笑顔の写真を見たら、胸が少しキュンとした。
年齢からすると寿命とはいえ、とたんに淋しくなった。
家族の前に進み、お悔やみの挨拶をする。
するとユウタが「おばさん、今日はありがとうございます」と私に向かって頭を下げた。
もうだめだ。
じいじには大変申し訳ないが、じいじが亡くなって悲しい以上に
ユウタのこの言葉に感動して涙が溢れた。

この出来事を、うちへ戻って父と母に話をした。
彼のことが小さな頃から大好きなじいちゃんとばあちゃんも、無言で頷いていた。
じいちゃんが言った。
「うちの小僧もユウタも相当悪いことをしたけれど、ひとつだけいいことは
皆自分のやったことに責任をもたせたことだ。
悪いことは謝り、けじめをつかせ、逃げさせなかった。
だからこいつらは、これからも大丈夫だ」
口は悪いが、うちのじいちゃんの愛情が詰まった言葉だった。

家族を看取って送ることは、とても淋しくて辛いことだ。
できたら経験したくないと思うかもしれない。
しかし、順番通り送ることは避けて通れないのだ。
だからこそ、その淋しさや辛さを経験し乗り越えることで
家族の絆が強くなり、人として成長することがあるのだと思った。

あんな立派な挨拶をしてくれるなんて、おばさんほんとに感激だったよ。
あ~また涙が出てくる。
これは嬉し涙だけどね。

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2008年12月16日 (火)

デジャヴ:デジャビュ(dejavu)

デジャヴ(デジャビュとしてあるところも多い)とは
『一度も経験したことがないのに、すでに経験したことがあるような感じがする』ことだ。
これはスランス語で、日本語では『既視感』という。
日常の何気ない場面で
「あれ、この場面、以前も見たような」という不思議な感覚におそわれたことが
多かれ少なかれ、皆さんもあるのではないだろうか。

仕事をしているとき、買い物をしているとき、友だちと話しているとき
家でくつろいでいるとき、映画をみているとき
生活のあらゆる場面で「あっ」とした感覚が突然やってくる。
そのとき、体中をなんとも言いがたいこそばゆい感触が駆け巡る。

先日、とても不思議な体験をした。

いつも通り、布団に潜り込み眠りにつく。
私は夜中に目を覚ますことはほとんどないのだが
その日に限って目が覚めた。
「うわ、まだ2時」目覚まし時計のランプをつけて確認した。
そういっている間にウトウト。再び眠りにつく。
そしてまた目が覚めた。こんなことは滅多にない。
今度は何時だろうと再び時計を確認すると
「えっ、まだ2時」さっきと一緒だ。
そんなはずはない。きっと時計が壊れているんだろう。
今度は起き上がり違う部屋の時計とテレビをつけて確認する。
深夜番組で、注目の若手お笑い芸人がコントをしていた。
「へ~、今、こういう番組をやっているんだ」少しコントに見入ってしまった。
そして右の端にはテレビの時間がはっきりと映っている。
確かに2時だ。
ということは、さっき目が覚めたときから時計が止まっていたんだ。
よかった気がついて。もしこのままだったら、朝起きられなかった。
時計が動いていることと目覚める時間をセットしてあることをチェックして
再び眠りについた。
二度あることは三度ある。
その日に限って、またまた目が覚めた。
しかし今度の目覚め方は違った。
目覚める少し前に部屋中がまばゆい光に包まれた。
そして目が開いた瞬間に、スローモーションでも見るように
一瞬で部屋の隅々まですべてが見渡せたのだ。
うまく説明できないのがもどかしい。
部屋の中の様子が自分の視界では到底見えないところまで
まるで頭の中に各部署の写真が一度に連写されるように見えたのだ。
時間にすると、ほんの数秒、いやもっと短いかもしれない。
何がなんだかわからないときに人は意外に冷静になるものだ。
再び時計を確認する。
「2時」だ。
完全に目が覚めた私はテレビを確認しようと居間へ移った。
スイッチを入れる。
さっき見たはずの同じコントと時間表示が映し出された。

はてさて何が起こったのやら。
以前に確かに見たものをもう一度経験するということはデジャヴなのか。
でもそれは感覚の話だろう、では、なぜ?
そんなことを考えていたら眠れなくなってしまった。
私は実際に時間が経過していることを確認してから、再び布団に潜り込んだ。

私たちの周りには理屈だけで説明できない不思議なことがたくさんある。
デジャヴと思っているだけで、実は時間を繰り返しているのかもしれない。
知らず知らずのうちに、時空を飛び越える能力が身に付いているのかもしれない。
う~ん、ミステリー。
こういうの大好き。
ま、妄想好きな私ですから、どこまでが現実かの区別がないかもしれませんが。

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2008年12月 4日 (木)

噂の真相

今から少し前の話である。
「おばあちゃんが○○高校の前で倒れて車で運ばれたんだって?」
友人の慌てた声を聞いて驚いたのは私のほうだ。
母といえば居間でテレビを見ながら大笑いしている。
健康状態もすこぶる良好で、とても倒れそうな状態ではない。
どこからそんな話が出てきたのか。真相はというと、

母は当時飼っていた犬のトトを散歩に連れて行くのが日課だった。
トトは少々太り気味の推定年齢10歳の犬だ。
(迷い犬を保護したため確かな年齢がわからない)
その日もトトと一緒にいつもの散歩コースを歩き○○高校の前まできたとき
急にトトが座り込み動かなくなった。
「トトちゃん、どうしたの」声をかけるが、今度は苦しそうに横たわる。
ハアハアと息も乱れていて、とても歩ける状態ではない。
抱きかかえて連れて帰るには重すぎる。(間違いなく体重は25キロ以上)
早く何とかしたいがひとり(一匹)にしておけない。どうしたらいいのか。
そんなとき天の助け、たまたま顔見知りの人が通りかかった。
トトを見ていてもらうようお願いをし、母は近くの公衆電話に走る。
家にいた父に車で迎えに来てもらうことにし現場へ戻るとトトの周りに人だかりが。
その中には近所の人もいた。
「通りかかったら犬が倒れているじゃない。見たらトトちゃんだからびっくりしたわよ」
「ばあちゃんどうしたの。トトちゃんが倒れているから」半べその私の友人もいた。
そんなこんなで、トトの様子を皆さんに説明しているところへ車で父登場。
ギャラリーの皆さんに抱きかかえられたトトを車に乗せ、
全員に見送られながら車は出発、そのまま獣医さんへ直行。
これが全容だ。

どこで話がどうなってしまったのか、検証してみよう。(あくまでも推測)

トトを乗せた車が出発したあと、「どうしたのどうしたの」と後からきたギャラリーに
内容を知っているギャラリーが説明をする。
「いや~大変だったのよ。今ね、△△さんのところのトトちゃんが、トトって太った犬ね。
この場所で倒れちゃっておばあちゃんの慌てようったらすごかったのよ。
それで自宅へ電話をしたら、おじいちゃんがで迎えに来てね。
トトちゃんとおばあちゃんを乗せて、そのまま病院へ向かったのよ。大丈夫かしら」

するとその話を聞いた人が違う人に伝える。
「知ってる?△△さんのおばあちゃんのこと。大変だったらしいよ。
なんでも○○高校の前で犬が倒れちゃったそうなの。おばあちゃんが大慌てで
おじいちゃんが車で迎えにきて、そのまま乗せて病院へ運んだみたい。大丈夫かなぁ」

ひとつの文章を何人もの人に伝えていく『伝言ゲーム』というものがあるが、
大体、最後の人に伝わる頃には始めの話とは大きく変わっているのが常だ。
これは、聞いた人が話に自分の解釈を付け加えたり、削ったりすることによって
少しずつ話の内容がずれていき、何人も繰り返すうちに少しが溜まり溜まって
結局、全く違う内容になってしまう。
ゲームの面白さは、例えば始め『金魚』だったはずの内容が『鮒』や『鯉』に
はたまた『鯨』にまで変貌を遂げたりと予想がつかないことだろう。

このケースも伝言ゲームのように人づてに伝わり
結局は始めの友人の言葉にまで変化を遂げたというのが真相だ。
言葉の中の印象深いものを繋ぎ合わせると、誤解した内容になるから不思議だ。

曲者は、『らしい・なんでも~そうだ・みたい』という言葉だ。
この曖昧な推量の言葉がいつの間にかなくなり、『~した』という断定に変化する。
自分が実際に見てもいないのに、あたかもはっきりと見ていたかのように
話をしてしまうことってないだろうか。
これがすべての噂の真相かもしれない。
ご用心あれ。

PS:トトですが、太りすぎが引き起こした動悸息切れが原因だった。
  その後、元気を取り戻し、長寿をまっとうした。
  『メタボ対策』 こちらも用心せねば。

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2008年12月 1日 (月)

時間経過の感じ方

早いもので、もう師走になってしまった。
「もういくつねるとお正月note
ついこの間、この歌を聞いたばかりと思っていたのに。
この歌が巡ってくる間隔が年々早まっているように思うのは
気のせいだろうか。

『年齢とともに月日が経つのが早い』
こんなふうに感じている人も多いはずだ。
これは、加齢に伴って身体的代謝が低下するため心的時間がゆっくり流れるようになり
逆に、時間が経つのが早く感じるということらしい。
反対に子どものころは、身体的代謝の働きがよいため心的時間が早く流れるので
時間が経つのがゆっくり感じられる、というわけだ。
つまり、身体的代謝をよくすれば時間がゆっくり流れるということになる。
理由を色々調べ、もっともらしい答えに行き着いて書いてはみたものの
正直言ってよくわからない。

他にも時間経過の感じ方が違うときがある。
苦手な授業を受けているときは、恐ろしく時間が長く感じられる。
特に高校での昼食直前の物理の授業の長かったことといったら
お腹はペコペコだし、内容はチンプンカンプン。
今思い出しても恐ろしい。
それに比べ、皆で楽しくワイワイ話をしているときなどは、
悲しいくらい時間があっという間に過ぎていく。
えっ、もうこんな時間?うっそ~、信じられない、といった具合だ。
苦しい、つらい、心配、そして不幸なときの時間は長く
楽しい、安楽、夢中、そして幸せなときの時間は短く感じられるものだ。
気持ちと時間の流れは大きな関わりがあることは紛れもない。

シェークスピア曰く「快楽と行動とは、時間を短く思わせる」
シラー曰く「人生は退屈すれば長く、充実すれば短い」

ワクワクした気持ちのときは
様々な印象や思いが脳の中に多くの場所を占め
空白部分が少なくなるから、時間の経過が早く感じられるそうだ。
年をとるということは、それまでの記憶が脳全体の中で多くの場所を占めている。
それまでの経験や体験で空白部分が少なくなっているため
時間経過が早く感じられるともいえる。

う~ん、私は後者の説でいこう。
つまり、悩みや苦しみが少なくなり、幸せな時間が増えたから
年をとると、時間が過ぎるのが早くなったと感じるのだ。

何ごとも良い理由を選んだほうがいいじゃない。
誰?
「年をとって忘れちゃっただけなんじゃないの」なんて言っている人は。
でもそれもいい。
悩みや苦しみも忘れられるから幸せなんだ。

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2008年11月10日 (月)

上下ちぐはぐ

通勤途中の信号待ちで、ふと自分に目線を落としたときに違和感を感じた。
今日は公共機関で講義があるのでダークスーツを着てきた。
ピンストライプの入ったグレーのパンツスーツだ。
着心地が悪いわけではない、ましてや体調に異変があるわけではない。
視覚に入ってくる自分自身に対してだ。
なぜだろう?
もう一度、自分の首から下をまじまじ見て、やっと原因に気づいた。
スーツのピンストライプの幅が明らかに違っている。
私は上下ちぐはぐなスーツを着ていたのだ。

一瞬自宅へ戻ろうかと思ったが、時間はギリギリだ。
それに、原因がわかってしまえば
『それほどの違和感は感じないしなあ(鈍感というか、いい加減)
自分から言わなければわからないだろうし(そうだろうか)
それに、見た人はこういうスーツだと思うんじゃないか(それはないだろう)』
と前向きに考えて、このままで今日一日を乗り切ることにした。

乗り切ることに決めたはいいが、やはり少し不安が残る。
会社に着いてから、私をいつも癒してくれる事務の○○ちゃんに訊いてみた。
「ねえ今日の私、どこかおかしくない?」
「えっ、おかしいところですか。う~ん、わからないなあ」
「(よしよし、わからないぞ)上から下まで、よく見てね。ちなみに顔じゃないから」
「あはは、何言ってるんですか。わかりました。よく見てみますね」
彼女は私の頭から足の先まで、ゆっくりじっくり観察した。
「わからないなあ。何だろう、別におかしいところないし・・」
(途中経過数分)
「あっ、スーツのストライプの幅が違う!」
「そう、正解。上下違う服を着てきちゃったんだよ。目立つかなあ」
「大丈夫ですよ。言われるまでわからなかったです。そんなに目立ちませんよ」
「そうだよね、よかった。じゃあ、今日はこれで行っちゃおうっと」
彼女の言葉が更なる決め手となり、私の決心は固まった。

午後からの講義も無事に終わり、会社へ戻り残務整理をした。
そして、スーパーマーケットへ寄って買い物をしなくっちゃ。
最近、気候もめっきり冷え込んできた。
スーツの上着をしっかりと着こんで買い物を済ませ、家へと戻った。
台所にいる母が「おかえり」と一言
「ただいま」と居間へ入っていった私を見て、
何あんたの格好は。上下の服が違うじゃないの。
気がつかなかったの、みっともない」と笑いながら母が続けた。
「えっ、目立つ?上下ちぐはぐなのわかった」
「わかるよ、ものすごく目立つもの。上と下とで全然違うじゃないの。
もしかしてそのまま仕事していたの。恥ずかしい」
まあ、忌憚のないご意見だこと。

会社の○○ちゃんの言葉と母の言葉を思い返してみると、
いかに○○ちゃんが私に気を遣ってくれているのかがわかった。
「大丈夫ですよ。そんなに目立ちませんよ」
私を傷つけないように言葉を選んでくれているんだなあ。
実感!
いつもありがとう。
これからもよろしくね。

でももしかして、本当に気がつかなかったのかも・・。

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2008年10月29日 (水)

プロとしての自覚

店舗のオープニング準備に携わって数ヶ月。
その店舗も先週プレオープン、そして土曜日にグランドオープンを迎えた。
土・日はおかげさまで大盛況、スタッフの皆さんも一生懸命に動いてくれた。
たくさんのお客様にアピールしようと、全員が積極的に声を出していた。
教育に携わった私もフォローで参加していたので積極的に声を出した。
終了した時に少しだけ喉に違和感があった。
心に一抹の不安が過ぎった。
『翌日からも毎日予定が入っている。特に講義が多い。大丈夫だろうか
しかしそこは楽観的な私である。ビール片手に
「私は強いから平気。今日、ゆっくり睡眠をとれば大丈夫、大丈夫
今週は休みなしだけどがんばろう」と無理やり自分に言い聞かせ
食事が終わった途端、ホッした安堵感からだろうか”バタンキュー”と眠りについた。

次の朝、声が出ない。
今日は午後から公共機関で講義だ。
どうしよう。
額に汗が流れた。

うがいを何度もした。
行きがけのコンビニでのど飴を購入。
ハチミツレモンがいいらしいので、ドリンクも購入。
薬局で喉スプレーを購入して、思い切り喉の奥に吹きかける。
会社へ行って少し経てば様子もよくなるだろうなんて甘い考えでいたのだが
よくなるどころか、更に悪化。
もともとハスキーな声の私であるが、
現況は、ハスキーを通り越して嗄れてしまっている。
のど飴をこれでもかと口にほおりこむ。
どうしよう。
なるべく声を出さないように時間を過ごす。
無常にも午前中は刻々と過ぎていく。

タイムリミットだ。
会場に向かう時間がきた。
まず、受講生の皆さんに謝らなければ。

午後の講義では冒頭に皆さんに謝罪した。
本当に申し訳ないという気持ちを伝え
普段はもう少し美声であると、不謹慎にも冗談を加えながら。

講義がはじまってみると、
本調子ではないが皆さんに迷惑がかからない程度の声が出て安心した。
『よかった。やっと喉スプレーと飴の効果が出てきた』
受講生の皆さんの広い心に助けられ、なんとか講義が終了した。

今日のことは多いに反省しなければならない。
仮にも講義をして報酬を貰っているという『プロとしての自覚』に欠けていた。
自分で勝手に大丈夫と決めつけて、問題を軽視しすぎていた。
無理をしすぎると必ずどこかに歪がくるものだ。
若いときはそれが少ないが、年を重ねるごとに大きくなっている。
自分が思うほど自分の体は強くないし若くもない。
まず、それに気づいて認めなくては。

「もしかして、ビールを飲んだことが喉の悪影響に輪をかけたんじゃないの」
えっ、そうなの。じゃあ、ほとんど私の不注意じゃん。うわ~

本当に受講生の皆様、ごめんなさい。
こんな講師をお許しください。

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2008年10月23日 (木)

味覚に疑問

食べ物の好き嫌いは人それぞれ。
ひとりひとり自分好みの味覚をもっている。
味覚には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の基本味
辛味、渋味、えぐ味、温度という広義の味がある。
それに、色、においといった外からの情報がプラスされ
自分の内から生じた感覚によって『おいしい』と感じているという。
”味は口で感じ、おいしさは脳で知る”なんて言われている所以だ。

ここで味覚という感覚だけに焦点をあててみるとどうだろう。
甘いものが好きな人と苦手な人の感じ方を比べてみる。
好きな人はもちろん甘いものが『おいしい』
そして苦手な人は甘いものが『まずい』と感じているだろう。
注目したいのは、おいしいと感じてもまずいと感じても
『甘い』という感覚は両方が持っているという事実だ。
まずいと思う人も味覚としては『甘い』という感覚はあるだろう。
あとはそれを、おいしいと思うかまずいと思うかは個人の自由なのだ。

最近、味を正確に感じることのできない人が増えているという。
先日、噛まない人が増えているということを書いたが関連があるのかもしれない。

企画番組で女性アイドル(?)の食生活をリポートしていた。
MCのコメントが「信じられない」とあったが、まさに同感だった。
彼女は水とお茶が飲めず、ほとんどコーラで水分を摂っているようだった。
コーラをたくさん飲むこと(日に数十本)だけが信じられない対象ではなく
食事の仕方自体が、私には許しがたいものだった。
そば屋でもりそばを食べながら、口にそばを含みながらコーラを飲む
寿司屋でトロを口に入れながらコーラを飲む姿に唖然とした。
同時に気持ちが悪くなった。
食べ物の趣味は自由であり、母親でもない知らないおばちゃんが
とやかくいうことではないことは百も承知・うるさいお節介とはわかっちゃいますが
一言(二言、三言・・・)言いたい気持ちが抑えられなかった。
私は彼女の味覚に多いに疑問を感じた。

人の味覚は0~5歳の幼児期に基礎がつくられるという。
私たちの舌にある小さなツブツブ”味蕾・みらい”(味のつぼみ‥いい表現だなぁ)
が、味を感じるセンサーの役割を果たしているという。
この働きを促進させるためには亜鉛が必要であり、
亜鉛不足になると味を感じるセンサーの動きが鈍くなる。
最近の食品は科学調味料が含まれているものが多く、
これら調味料の中には亜鉛の吸収を妨げるものが多く含まれているという。
そのため幼児期に化学調味料のたっぷり使ったものを食べていると
味覚が順調に形成されない原因のひとつになるらしい。

彼女がコーラを飲み始めたのはいつからだろうか。
子どもの頃は経済力がないので多量にコーラを買うことはできないわけだから
もし小さな頃から飲んでいたのなら、彼女だけの責任ではないだろう。
そばや寿司に合った飲み物を飲んでいたのなら
それが彼女にとっての常識になっただろうに。
「おかしいですか、おいしいのに。コーラと混ざっていい感じになっています」
と言った彼女の言葉が、情けなくて嘆かわしかった。
彼女は自分の味覚の非常識さに気づいてないのだ。

他にも疑問が多かった。
まず、作ってくれた人に対して失礼だとは思わないのだろうか。
せっかく作った料理の味がコーラで消されているというのに。
そして定員さんがコーラをついでくれたときの態度もどうかと思う。
「自分でやりますから」とジェスチャー付きで明らかに怒りを含んだ表情が解せない。
「だって、コーラの炭酸が抜けてしまうじゃないですか~」
と当然のように脹れ面で言う彼女を見て
怒りを通り越して哀れに思えたのは、私だけだったのだろうか。
ポイントがずれているとしか言いようがない。

辛ければなんでもいいとハバネロを全てにかけて食べる
ココアをドロドロのチョコレート状態(カップ半分にココアの粉+砂糖)にして飲む
どんな料理にもケチャップやマヨネーズをかけないと食べられない

味の好みは人それぞれだが、どこか違っちゃいませんか?

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2008年10月 9日 (木)

咀嚼(そしゃく)

離乳食を始めた頃の子どもにとって『咀嚼(そしゃく)』はとても大切だ。
咀嚼とは、”口の中で食べ物をよく噛み砕き味わうこと”で
食べ物の消化吸収を助ける
唾液の分泌を促進し口の中を清潔に保つ
正しい歯並びを形成する
脳の働きを活発にする
食べ物の中の異物や骨などの発見を促す、等の効果がある
咀嚼つまり『噛む』という行為は、
私たちの体や心の発育に多大な影響を与えていることがわかる。

先日、深夜番組で、あるタレントが「食べることが面倒だ」と発言していた。
そしてそれはなぜかというと「噛むことがめんどくさいから」とか。
聞いている私は、口が開いたままふさがらなかった。
こういった発言を最近耳にしたのは、何もこの子だけのことではない。
先生をしている友人から
「豆腐は固いという子が増えている」という話を聞いた。
私の感覚では豆腐は柔らかいものだと思っていたのだが、固いとは。
?マークが頭の中をグルグル回った。

他にも顎が細い子どもたちが増えているということも聞いたことがある。
そう言われてみればそうだなあ。
顎が張った四角形型の顔立ちよりも、
顎がシュッと細い逆三角形型の顔立ちの子が増えているように思う。
更に、顎が細いため大人の歯全てが収まらない人も増えているという。

薄く切られた肉や、丁寧に骨がとられほぐされた魚が食卓に並ぶ。
野菜も大きいままだと食べないからと、みじん切りにされ、
はたまたすられてわからないように加えられていたりする。
そして小さく一口大に整えられた、ジューズにされた果物が分けられる。
マナーからすると一理ある。
器官が狭い乳幼児や、年配の方にとっては自然な配慮であろう。
昔のアニメに出てきたような骨付き肉を手に持ってかぶりついたり
リンゴを丸のままかじって「歯茎から血が出ませんか(古い)」なんてすると
「行儀が悪い」と注意されるのがオチだし、奨励しているわけではない。
しかし年齢に合わせた噛む能力を身につけることは、私は大切だと思う。

「スルメって何?えっ、これ食べられるの。オレこんな固いもの食べたことがない。
噛めないじゃん。飲み込めない、っていうか、顎が疲れて、もういらない」
これは実際に我家で息子の友人が言ったことだ。
「そう、スルメって食べたことないんだ。つまみはあぶったイカのほうがいイカ?」
その場に、シ-----ンとした重い空気が流れた。
今流行のギャグで返すと「ちがうか」か。
顎のはった息子がスルメを引きちぎり食べながら、ばつが悪そうに笑っていた。

咀嚼には他の意味もある。
”言葉や文章の意味や内容をよく考えて理解すること”だ。

最近、食品をのどに詰まらせて亡くなった子どもさんのニュースが報道された。
とても切なくてやりきれない気持ちでいっぱいだった。

私たちはもう一度
『咀嚼の意味をよく咀嚼する必要がある』のかもしれない。

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2008年10月 3日 (金)

入院でわかったこと

環境が変わると思いがけないことがわかるものだ。
父のわずかな入院でも、改めてわかったことがある。
それは、母が未だにひとりきりで寝たことがないという事実だった。
「私、生まれて初めてひとりきりで寝なければならないかも」
『何をいっているんだか。ひとりで寝たことがない、そんなことあるわけ・・・
ないんだ?!』
言われたときはピンとこなかったが、そう言われればそうだと気づいた。

私が小学生の頃、父と母、そして姉が別々に泊まりで出かけることがあり、
残った私はひとりきりで家で過ごすことになった。
当時小学生の私は心細かった(当然だろう)ので「嫌だな」とポツンと言ったところ
「何を言っているの、仕方ないでしょ。大丈夫よ」と母に叱咤激励された記憶が蘇る。
しかし、考えてみたら母は父と一緒だったのでひとりではなかったわけだから
母は自分がしたことないことを、小学生の娘にはさせていたことになる。
それも大丈夫の経験も根拠も何もないのに、だ。

母がひとりで大学生の妹の所へ尋ねたことはあるが、
その先には妹がいるので、これもひとりではない。
私は出張等で出かければホテルもひとりで過ごすが、
母は出張どころか、ひとりで遠出することは全くなく、
ホテルもシングルの部屋を利用したことはない。
幸せなのかどうなのかわからないが、生まれ育った環境からか
この年になるまでそういう機会に恵まれなかったのだ。

「病院で付き添うときは、おとうさんがいるからいいけど、
あんたが泊まりのときは、私が家でひとりになってしまう。どうしよう」
不安な表情を隠すことができない母だが、どうしようと言われてもどうしようもない。
父もその話を聞いて不安な表情だ。
『入院する人を不安にさせてどうするの。
これじゃあ、心配する人とされる人が逆でしょう』
父の付き添いプラス、母の心配までしなくてはならないとは。
予想はしていたが、まったくもって面倒くさい。

「これはチャンスだよ。おかあさん、いい機会に恵まれてよかったね」
半ば呆れながら、心の中では
『ひとりで過ごせない年じゃないでしょ。私なんか小学生からひとりだったじゃないの。
なんでこんなに甘やかされて育ってきたのかなぁ』
小さな頃の恨み(?)を込めて皮肉っぽく私が言うと、母も諦め顔で頷いた。

しかしそれを聞いていた息子が
「へぇ~それはすごい。ばあちゃん、この際その記録は伸ばしたほうがいいんじゃない
この助言で母の顔はぱっと明るくなった。形成逆転だ。
『こんなときに余分なことを。あんたまでばあちゃんを甘やかせてどうするの』
結局その日は姉に泊まりにきてもらうことになり、
結果、母は今回もひとりで過ごすことはなく終わった。

父のドタバタ入院は無事終了したが、実は一晩だけ家に誰もいない日があった。
厳密にいうと人間がひとりもいない日だ。
犬の魁丸、猫の小麦、文太郎、そしてチョビには言い聞かせておいたが、
この子たちも、生まれて初めて人が誰もいない家で過ごすことになった。
特にチョビは高齢になって初めてだったのでとても寂しかったのだと思う。
次の日私が戻ると、ゴロゴロと喉を鳴らし擦り寄ってきた。
また、いつも一緒に寝ている母に対しては、
とがめたような、恨めしい眼差しを向け威嚇したので、皆で笑ってしまった。
「チョビごめんね。でも、たった一晩だけだったんだから、そんなに怒らないでよ。
仕方ないでしょ。チョビは我慢ができない性格だからね」
と母がチョビを撫でながら言っているのを聞いて、私は可笑しくてたまらなかった。

『そういうおかあさんは、結局、今回もひとりきりにはならなかったよね。
我慢ができないのは、さてどちらでしょう』心の中で問いながら
「チョビ偉かったね。しっかりお留守番できたもんね」
チョビの頭を撫でながら、思わず大きな声で言った私だった。

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2008年10月 2日 (木)

最近の入院事情

父が4日間、治療入院をした。
本人はいたって元気なのだが、治療箇所と方法の関係上付き添いが必要だと、
事前に病院から説明があった。
母が毎日泊まることになると、それこそ母が倒れてしまいそうなので
(これは母の体調が悪いのではなく気持ちの問題である)
ふたりで分担して付き添うことに決めた。
入院や退院の付き添いと送迎、治療後の付き添いは、もちろん私。
母曰く「私は恐くてついていられない」そうだ。

最近、入院した人が回りにいないため、とても興味深く病院に向かった。
そして病室に通されて驚いた。
なんとまあ設備が整っていること。
ベットが患者使用でなかったら、ビジネスホテルかと見間違うほどだ。
壁紙は花柄、家具は木目調、ユニットバストイレ、ソファー件付き添い用ベットと寝具、
テレビ、冷蔵庫、湯沸しポット・ティーパック、パジャマ、タオル各種等が各部屋に完備。
共同のランドリー室やキッチン(電子レンジ有)談話室等も設置されている。
父が入ったごく普通の部屋でも、CMで流れている家具付き賃貸住宅並みであるので、
最もグレードの高い部屋は、おそらくホテルのスイートクラスであると予想できる。
そして一番びっくりしたことが食事だ。
メニューはカロリー計算して作られているので内容にだ。

私たちが病院に入ったのが午前中だった。
父はそのまま検査に入り、予定では2~3時間かかるということだった。
昼も近いので周りの散策がてら、私は近くのスーパーで昼食を買ってくることにした。
看護士さんは「ゆっくりしてきて大丈夫よ」と言ってくださったが
それでも病院側からの説明や伝達もあるだろうと、
足早に買い物を済ませ、快適な病室で待つことにした。
病室内と周りの環境に満足して帰ってきた私が買ってきた弁当に箸をつけたとき、
”コンコン”と病室をノックする音が聞こえた。
『やはり早く帰ってきてよかったなあ』と思いながらドアを開けると
そこには、カレーとサラダを載せたお盆を持ったスタッフの方が立っていた。
「遅くなりました。付き添いの方用の昼食です」と、私に持っていたお盆を差し出した。
「えっ、私の分ですか?」おそるおそる聞いてみた。
「はい、そうですよ」とニッコリ笑って渡してくれた。
『え----------。付き添用の食事まで用意してくれるんだ』
なんて、いたせりつくせりなんでしょ。
これじゃあ、体一つで入院も付き添いもできるじゃん。
最近の入院事情は今までのイメージとはうって変わったものだった。
思わず母に電話して状況を説明した。
「お弁当を作って持って行こうと思っていたけど、それじゃあいらないね」
その通りだ。

近年、様々な場面でサービスが求められ、そして対応するように変わっている。
病院もその一つだ。
いかに快適に過ごしてもらえるかを追求した結果、
こういったサービスが生まれたのだろう。
少々行き過ぎの感もあるが、
患者やその家族にとったら精神的に安定した状態で治療を受けることができるだろう。
私としても、とても安心した気持ちでいることができた。

さて、父は無事に治療を終え短い入院生活も終了した。
私はというと、負担になるどころか快適な付き添いに少し未練が残った。
「ねえ、次はいつ治療入院するの
私の質問に苦笑いの父だった。

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2008年8月 4日 (月)

ブルマーが盗まれた

高校生のロッカーには色んなものが入っていると想像できるが、
私の場合、特に女子高だったため歯止めがきかなかった。
「女の子だからそんなことはないだろう」なんて大間違い。
女性は男性の目がないと、節操がなくなるものだ。
私たちに限ってはそうであった。

醤油、ソース、塩、マヨネーズ、ふりかけ、菓子等の調味料・食品関連
教科書、ノート、筆記用具、家で勉強しないのかと言われるほどの学用品
体操着、ブルマー、水着、タオル、下着(?)私服等の衣料関連
割り箸、スプーン、フォーク、化粧品、その他備品もろもろ。
先生からもロッカーの整理整頓をするように、いらないものは持って帰るように
食料品を入れておくと中で腐るぞ、女性として恥ずかしくないのか・・・
今考えると情けない内容で再三の注意を受けるが、そんなことは知ったこっちゃない。
その時の私たちには怖いものなどなかった。
タモリさんが番組内で「世界中で一番強いのが女子高生」と言っていたように
いつの時代も変わらない。

或る朝、いつものようにぎりぎりで学校へ行くと、なにやら校舎内が騒然としていた。
慌てて教室へ向かうと、担任からの説明が始まった。
「本日未明、校舎内に何者かが侵入し、ロッカーから様々なものを盗んだ形跡が
あります。特に体操着、ブルマーが盗まれた可能性が強いので
全員自分のロッカーを確認し、無くなっているものを報告するように」
クラス全員が絶句。廊下に設置されたロッカーを確認することになった。

「先生、私のブルマーがない」
「私のもない、いやだ~気持ち悪い」
「体操着とブルマーがない。買ったばかりなのに、どうしよ~」
あちらこちらで声がする。中には
「先生、マヨネーズがない。今日のお弁当に使うのに困るじゃん」
「お菓子がありませ~ん」→「あんた、この前食べちゃったんじゃないの」
「教科書は全部ある。ちっ」
といった的外れのものまで。
普段温厚で優しい担任も、はなはだ呆れ顔で聞いていた。

そんな中、友人がロッカーを開けて「え----------」と大声をあげた。
担任も私たちも「どうした、ブルマー?」
緊迫した雰囲気の中、固唾をのんで彼女の言葉を待った。
「私のブルマー、あった」
とブルマーを片手に下げながら振り返り一言。
本来、盗まれていないということは喜ばしいことだが、
彼女の顔は喜びと言うより困惑していた。
私たちも何と言ったらいいのかわからず、ただ皆ぽかんとしていた。
すると「なんで、私のだけあるの?ねえ、どうして盗まれてないの」と詰め寄る彼女。
そんなこと私に聞かれたって「わっかんない」である。
一瞬の沈黙の後、思わず誰かがプッと吹き出した。
彼女も含めて、一同大爆笑。
その場はなんとかおさまった。

「これを機会に、各自しっかりとロッカーを整理するように。
特に使ったブルマーをロッカーに入れておくことがどういうことなのか、
よく考えてみなさい」
情けなさそうな顔で言った担任の話に、説得力が加わった。
その時ばかりは反省した私たちだった。

しかし、彼女のブルマーだけがなぜ盗まれなかったのかは、
未だに謎である。

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2008年7月14日 (月)

鏡の前でポージングゥ

子供も年齢と共に色気づいてくるのは当然で
中学生にもなれば、鏡の前で片手にドライヤー、もう一方の手に櫛を持って
髪の毛をあれやこれやといじっている時間が多くなる。

中学生どころではなく、最近は幼児といえどもすごい。
3歳の姪っ子も、化粧やおしゃれには人一倍興味がある。
私が化粧なんてしようものなら大変だ。
横から鏡を覗き込んで、興味津々の面持ちで人の顔をじっくりと観察している。
彼女はプレゼントされた幼児用の化粧ボックスを肌身離さずもち、
「スーパーへ行こうか?」と誘うと
「ちょっと待って、お化粧するから」と準備を始める。
「お化粧しなくても充分可愛いから」と言っても聞かず、
頬紅、口紅と塗りたくる。
準備ができたという顔をみて、思わず吹き出した。
どぎついピンクの頬をした民謡『おてもやん』顔の彼女は笑顔で「かわいい?」
言葉に詰まる私。そして、
『えっ、その顔のままでスーパー行くの、マジ?』
と心の中で女学生言葉で叫んでみたが、
結果、おてもやん顔の姪っ子と手を繋いでスーパーへ買い物へ行く羽目となった。

息子は小3から野球少年で、髪形はずっと坊主(5ミリ程度)だった。
しかし、いくら坊主とはいえ、年頃にもなれば鏡も覗き込む。
思春期の男の子は、見て見ぬふりをしてやることも大切だと思っていたので、
当時はからかいたいのを少し我慢しながら、眺めていた。
その息子も今や思春期をすっかり抜け、話の内容や受け止め方も
すっかり大人に変わった。

先日、息子が洗面所の鏡の前で、足を大きく前後に開いて、
ポーズをとりながら髪の毛にワックスをつけていた。
その姿を見たとき、思わずおかしくなった私は、
「ロックスターですか、そのポーズは?」とからかいながら言った。
そんな私に対して彼は、こちらを見てフフフとだけ笑った。
もう少し違う答えと反応を期待した私は、
「何も、そんなに足を開いて鏡の前でポーズジングゥしなくてもいいんじゃないの。
誰も見ていないからもったいないよ」と更にからかいながら続けた。
少しあきれたような顔をした彼が「ちょっと、こっちへ来てみて」
と手招きしたので、私も呼ばれるがままに鏡の前に立った。
「鏡の中を見てみろよ」
覗き込むと、私の後ろに立った息子の姿が目に入ったが、なんかおかしい。
よく見ると映っているのは息子のあごまでで、肝心の頭は映っていないのだ。
「なっ、わかった?ポーズをとっているんじゃなくて、
ああいう格好しないと、頭のてっぺんまで鏡に映らないの!」

へ~っ、そうなんだ。
普通に立つと、鏡に映らないんだ。
息子の身長は185cmくらいなので、洗面所の鏡に鼻より上が映らないということを
その時初めて知った。
まさか鏡に映らないなんて、自分の感覚では考えもつかなかった。

「あのさ、人は自分と同じだと思わないほうがいいよ。
仕方なくそうしていることもあるからさ」
笑いながら言った息子の言葉に、グサッときた私。
言い回しは違うものの、くしくも私がいつも講義で言っている言葉と同じ内容だった。

おっしゃるとおり。
私がからかっていると思っていたのは大きな間違いだった。
彼の方が一枚も二枚も上手であった。

ごめんなさい。そして、
『完敗』

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2008年6月30日 (月)

ウォーキングとジョギング

約一ヶ月半前から始めたウォーキングを無理せず続けている。
苦痛や義務感は全くなく、最近では楽しみにさえ変わってきた。
先日も雨が激しく降ったため、2日続けて歩くことができなかったら
次の日に晴れたことが何と嬉しかったこと。
夕食・片づけを済ませ、意気揚々と家を飛び出した。

私の利用しているコースは公園の周りで距離は1周約1.7km。
家から往復約1.5km、その日の体調に合わせて2~3周をこなしているので、
計算すると毎日約5km~6.5kmを歩いていることになる。

このコースは、環境がよい、安全、信号がないなどの条件が揃い、
1日を通してウォーキングやジョギングに利用する人が多い場所だ。
当初、ウォーキングしている私の横を何人もの人が通り過ぎていった。
逆周りですれちがう人も明らかにスピードが違う。
老若男女、皆とてもかっこいい。
初心者の私はただ自分のペースをつかむことに精一杯なのに。
中でもジョギングでさっそうと走る姿は、なんと素敵なのだろうか。
歩いている私の背後から「たったったったっ」と小気味いい足音が聞えたかと思うと
風のように抜き去っていく。

1週間ほど経って、少し体も慣れ周りの景色が見えてきた頃、
私の中の体育会系の炎が心の片隅で”ポッ”と燃えた。
「走りたい。」
ウォーキングだけでなくジョギングがしたいという願望が芽生えた。
思いたったが吉日、深く考えもせずその日から走ることにした。

まず1周目は早歩き。
腕をいっぱいふってストライドを大きく歩く。
そして2周目におもむろに走り出した。
出だしはなかなか調子がいい。「行けるかも」そう思ったのもつかの間、
いざ走ってみると自分がイメージしているものと現実の体の反応は全く違った。
円周のちょうど四分の一あたりで早くもギブアップ。
息は絶え絶え、汗はだらだら、足はがくがく、いいところなし。
このままではまずい。
 『急激な運動の危険性 無謀な中年ランナー救急車で運ばれる』
そんな三面記事の小さな見出しが頭の中に浮かんだ。
すれ違う人にも、よれよれと走る私の姿はどんなふうに見えていたのかと思うと
申し訳ないやら、情けないやら。
こりゃあいかん。

それからは体調と気持ちがあったときのみ息が上がるまでの距離を走ることに決めた。

ジョギングを取り入れてから約1ヶ月。
進歩しましたよ~。
円周の1/4が半分に、そして3/4、1周、少しずつ走れる距離がのびてきた。
そして2日前、とても体調がよかったので行けるところまで行ってみようと走ってみた。
気がつけば、1周と半分、約2.5kmを続けて走ることができた。
傍から見れば、走っているとは見えないスピードかもしれないが、
私にとっては大進歩だ。
少し前までは長く歩くことも疲れてしまったのに、今は走ることができる。
とても誇らしいことだ。
日々努力し徐々に積み重ねていけば、できるようになることを実感した。

このペースでいくと近い将来、数十kmの距離を走ることができるだろう。
目指せ42.195km。
「いつかフルマラソンに挑戦してみたい。」
心の中でメラメラと無謀な闘志の炎が燃え出した。

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2008年6月26日 (木)

7200kcal

意識的に食事や運動に気を使うようになってから、約一ヶ月が過ぎた。
食事内容を書くことで偏った食事を見直すことができた。
そして歩くことでストレス発散にもつながり、結構体調がよい。

特に食事面では、食品のカロリーに大変興味を持ち
色々と調べるうちに、今まで知らなかったことを知るきっかけとなった。

今までの体重、身長、体質などで多少の誤差はあるが、
大人が体重を1キロ減らす為に必要な消費カロリーは『約7200kcal』だそうだ。
単純に考えると、
全く同じ生活をしていても一日100kcalを減らすと、72日で1キロ痩せることになる。
200kcalなら36日で、300kcalなら24日で1キロ落ちる計算だ。

では、100kcalとはどれくらいなのだろう。

ジョギング 約15分
ウォーキング(早足) 約25分
掃除(ぞうきんがけ) 約28分
入浴 約35分             で100kcalが消費される。

また、ビール200cc
ビスケット 2.5枚
ソフトクリーム 半分
ケーキ 1/3~1/4          のカロリーが約100kcaである。

「へえ、なるほどね」と思うことばかりだった。
調べてみて一番変わったことは、
今までは気にもしていなかったコンビ二のお弁当のカロリーを見るようになったことだ。
これがまた、すごかった。
あまりの高カロリーにめまいがした。
私の大好きな『のり弁』は、なんと1000kcal弱だったのだ。
「そりゃあ、太るに決まってる」と絶句。

さて、一ヶ月の成果だが、おかげさまで3キロ落とすことに成功。
体脂肪はわからないが、おなかのタプタプ具合から推測すると
確実に落ちていると思う。(たぶん)
先日の講義中、
「先生、なんとなく二の腕がしまったように見える」との学生の嬉しいコメントに
「えっホント?嬉しいなあ」と思わずニッコリ。
ますます、メラメラとやる気に火がついた。
でもさ、見えるってことは、本当はそうじゃないってことかもよ
と付け加えられた他の学生のコメントは、意識的に耳を閉ざすことにした。

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2008年6月 9日 (月)

ダイエットに挑戦

『ダイエット』に関心がある人は多いはず。
女性向け雑誌では取り上げられていないほうが少ないほど、
テレビ番組、インターネット、毎日どこかでこの話題を見かける。
流行の”メタボリック”をキーワードに、男性の注目も増えたのではないだろうか。

来月、健康診断がある。
昨年は胃にポリープが見つかり、内視鏡検査をするはめになったが、
今年は別のことが気にかかっている。
見た目ではそんなに太っていないと(自己満足)思ってはいるが
おそらく体脂肪は確実に増えていると実感。
昔と体重は変わっていないのに、どう見ても肉のつき方が違う。
長い年月での重力には抵抗することができない。
鏡に映った姿を見て、溜息。
こりゃいかん!

問診の先生から毎年指摘されることが運動不足
日々の生活を振り返ってみると、とにかく歩かない。
通勤も仕事も車のお世話になることばかりである。
先日講義中に、会場の後から前へ小走りにかけただけで、息切れ。
こりゃまずい!

そこで一念発起、私なりのダイエットに挑戦することにした。

しかし、食べることが大好きなので食事制限は難しい。
それに食べなくて痩せてもすぐにリバウンドし、かえって逆効果である。
健康的にダイエットするには・・。

まず第一にはじめたのが、レコーディングダイエットだ。
テレビでもよく取り上げられているが
自分の食べたもの、三食・間食の内容とカロリーを記入するだけの方法だ。
「書くだけで痩せるなんてウソ~」とは思ったが意外に効果がある。
まず自分の食生活を見直して、足りない栄養素が分かるようになる。
すると他の食事で野菜を多くとったりと自己コントロールができるようになった。
次に、何気なく食べていたもののとんでもないカロリーに驚き、
「だったらこっちの方がカロリーも低いし腹持ちもいいし」
と置き換えができるようになった。
そして、今までは気分で選んでいたコンビにのお弁当もカロリーをチェックするなど、
自然と一日のカロリー摂取量を計算している自分がいた。

次に運動不足解消のためにはじめたのが、ウォーキングだ。
ウォーキングというと大層だが、まず歩いていける場所は歩いていくことから始めた。
「毎日歩かなければならない」と決めると、絶対に続かないので
負担にならないことから始めるのが一番だと思ったからだ。
これはガソリン代の節約にもなるし、一石二鳥である。
何日か後、少しやる気になってきたので、夜、公園の周りを歩くことにした。
信号がなく外灯が整備されている道を歩いているので、とても安全。
また、同じように歩いている人、ジョギングしている人がなんと多いのか、びっくりした。
本格的にトレーニングしている人から、お散歩まで、皆さん自分のペースで進む。
そして、涼しい緑溢れる道を歩いていたら、とても清清しい気分になり、
改めて自分の住んでいる街の素晴らしさが見えて、ちょっと感動した。

効果はまだ体に現れてはいないが、
「気持ちがいい」と思えることだけでも大変な成果であると思う。
これからも是非続けていこう。
う~ん、無理せず続けられるといいなと思う。
きっと続けられるだろう、たぶん、時々なら。(徐々に怪しくなる気持ち)

ダイエットで一番大切なのは、自分自身の『強い意志』かもしれない。

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2008年5月21日 (水)

成長のテンポ

悲しい記事を見た。
生後三ヶ月の子どもさんを、お母さんが手にかけてしまったというものだ。
お母さんは子どもさんの成長が遅いことに、ひとりで悩んでいたという。
この記事を読みながら、やるせない気持ちがいっぱいだった。

うちの息子は4295グラムという巨大児として産まれた。
「大きいことはいいことだ」と昔のCMのコピーにはあったが、現実は違っていた。
体が大きいので成長が早いように見えるが中身は何ら変わりがない。
それどころか、見た目の大きさに中身の成長が追いついていかないのだ。
6ヶ月健診で保健士さんから、
「おかあさん、体が大きいということは『良い』ことばかりではないんですよ。
とその後に起こるだろう苦労を、優しくアドバイスしていただいた。

生後1年近くで2~3歳児の平均ほどの体型になったものの、
骨格やその他機能の成長は年相応の息子は体のバランスがとれず、
なかなか立ち上がることができなかった。
他の子どもさんが、すたすたと歩いている頃、掴まり立ちができるようになり、
そして、やっと歩けるようになったのは1歳半近くになってからだった。
言葉を覚えるのも遅かった。
こちらが言っていることは理解はしていたと思われたが
2歳近くなって初めて言った言葉が「まんま」だった。

砂場でこんなことがあった。
まだ歩くことができない息子が砂場でベタッと座って遊んでいるとき、
3歳弱くらいの男の子がおかあさんとやってきた。
体の大きさからいって、一緒に遊べる同年代だと思ったのだろう。
しかし遊んでみたものの、うちの息子は歩けない、話せない。
反応の薄い息子に対して、男の子はだんだんとイライラしてきた。
終いには玩具の取り合いになり、当時から腕っ節の強かった息子が
玩具を力任せに取り上げてしまい、相手の男の子が泣き出してしまったのだ。
それまで傍観していた相手のお母さんも、わが子が泣かされては黙ってはいない。
「あなたの方がお兄ちゃんなのに何するの!」と息子に向かって怒鳴ったのだった。
言われた言葉の意味もわからない息子は、ポカンとそのお母さんの顔を見つめていた。
「あの、」少し離れて様子を見ていた私は、思わず話しかけた。
「申し訳ありません。この子、まだ1歳になったばかりなものですから・・・」
「えっ、1歳なんですか。ごめんなさいね。3歳くらいだ思ったものですから。」

体が大きい分、動きがゆっくりな彼は、同じ年代の子が難なくできることができない。
ずぼらな私はあまり気には留めてはいなかったが、
まわりから明らかに悪意が感じられる話が耳に入ったとき、
それでも少し心配になって、母に相談したことがある。
すると母は、アハハハと笑いながら、
その子にはその子にあった成長の仕方があるんだから
育児書に載っているのは、あくまでも目安。
無理やり歩かせたり、無理やりできないことをやらせたりしなくていいんだよ。
ほおっておいても、今に嫌というほど走り回るようになるから。
『機が熟す』のを待ちなさい。」と言ってくれた。
『機が熟すか、そうだよね。私の考えはまちがっていないんだよね。』
母の話を聞いて、とても安心したことを思い出す。

人に何か聞くことは、勇気が必要だ。
でも、思いきって聞いてみると、「な~んだ」とスッキリすることもある。
ひとりで悩むことも大切だけれど、もし行き止まりになってしまったら、
横道へ逸れてみたり、誰かに道を聞く方法もあるんじゃないかな。
私たちは、ひとりひとり違う。
人には自分なりの成長のテンポやペースがあるんじゃないのかな。

その後の息子はというと、母の言っていた通りに、
嫌というほど(苦情がくるほど)駆け回ってくれました。
口も嫌味なほど(ときには憎らしいほど)達者です。
「小さい頃は、素直でニコニコしていて可愛かったのに」
懐かしさでいっぱいの今日この頃だ。

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2008年5月13日 (火)

粋な人

とても尊敬する方のお母様の話だ。

彼女は家業の店を切り盛りしながら、7人の子供を育てあげた女性だ。
知人(と言うと失礼かとも思いますが、そう言わせていただきます)は
仕事に家事に走り回るお母様の姿を、
子供の頃から『かっこいいなぁ』と見ていたそうだ。

そのお母様が80歳を過ぎて「来週から、ちょっとロスまで行ってくるよ」
と言ったときは大変びっくりして、
「かあさん、ロスってアメリカのロサンゼルスかい?
近所に行くみたいに何を言っているんだか」と本気にしていなかったところ、
「ひ孫に会いに行くんだよ」とさらっと話されたとか。
聞けば、お孫さんがアメリカの方と結婚され女の子を出産。
「おばあちゃんに見せたい」という手紙をもらったことから
「こりゃ、行かなきゃ」と思い立ち
パスポートから飛行機の手配まで自分でこなしロスへとひとりで旅立ったそうだ。
彼女は、それから3ヶ月ほどロスに滞在して意気揚々と帰国。
「私の着物姿が人気だったんだよ」と得意げに話すお母様が可愛かったと
目を細めて話してくださった。

それから、100歳になったとき、体調を崩されて入院したものの
「うちへ帰りたい」という希望を尊重し自宅療養に、
寝込む間もなく、1週間で他界されたという。
知人は、最期まで『かっこいい母』だったと改めて思ったと、おっしゃった。

実はこの話には、まだ続きがあるのだ。

「家族で母の布団を片付けていたら枕の下から一通の封筒が出てきましてね。
中を開けると、一冊の通帳と手紙が入っていたんです。
通帳には『葬式の足しにしておくれ』のメモときっかり100万円が。
手紙には、名前の横に自分の着物と置き場所が記入されていて
あれを誰に、これを誰にと、細かく指示が書いてあったのです。
きっちりした母らしいなあと思っていましたら、
最後に一言、
『あとは、頼んだよ』
この一言には息子ながら天晴れだと思いました。
本当に素敵で、かっこよくて、粋な母だった。」

そう話される知人の顔は、とても誇らしげだった。

息子さんから、そんなふうに話をしてもらえるお母様って、
なんて素敵なんでしょう。
私もいつか、そんなふうに話をしてもらえると嬉しいなあ。
私の新たなこれからの目標が決まった。

目指せ『粋なばあちゃん』だ。

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2008年4月23日 (水)

妊婦さんのバッチ

朝の情報番組で『妊婦さんのバッチ』について取り上げられていた。
『妊婦さんバッチ』というのは、その名の通り妊娠している方が付けるものであるが
どういった理由で付けるのか、どういった効果があるのかと興味深く番組を見た。

ひとりの妊婦さんに密着したところ、
電車の中でバッチに気づいた女性の方が席を譲っていた。
その後のインタビューで席を譲った女性が
「私も妊娠していたとき電車を利用していました。
お腹が目立たなかったこともあり、席を譲ってもらったことはありません。」
という話をしていた。
もちろんこの女性は席を替わってもらえなかったことが嫌だったのではなく、
座っている人たちも席を替わりたくなかったわけではない。
ただ、妊娠しているかどうかがわからなかったから起こったことなのだ。
そうだ。遠い昔で忘れていたが私にも同じ経験がある。

私は通勤にバスを利用していた。
それは妊娠初期のつわりがひどく体調が優れないときも同様だ。
私が利用するバス停から乗車する際には、いつも満席の状態で、
それどころか立っているのもやっとの、ぎゅうぎゅう詰めのときもあった。
バスが大きく曲がるたびに、足に力を入れて体のバランスを取るのが辛かった。
そのときばかりは「座りたいなあ」と強く思ったが席を譲ってはもらえない。
そりゃそうだ。
お腹が大きいわけでもなく見るからに健康そうな私が席を譲ってもらえるわけがない。
まして自分から「妊娠していますので席を替わって下さい」なんて言えない。
また、自分が座っているときもだ。
年配の方が目の前に立った。
普通なら席を譲るが、そのときはとても譲れる状態ではなかった。
「若くて健康なのに席を譲らない嫌な奴と思われているだろうな・・」
とひとりで勝手に想像して、後ろめたいような申し訳ないような気持ちだった。
恐らく、この女性も同じような思いをしたことがあるのだろう。
そして「自分も辛かったので、座らせてあげたいと思いました。」
と話を締めくくっていた。
そう、お腹が大きいときは体が大変なのは当然だが、
実は妊娠初期もけっこう辛いものなのだ。

席を譲られた女性(妊婦さん)は感激していた。
「初めて席を譲ってもらった。すごく嬉しかった。」とニコニコ顔で話していた。
このバッチは妊婦さんにとって、大変ありがたいものではないだろうか。

実は、これだけでなく他の種類のバッチもあるそうだ。
 デパートで、定員さんに声をかけられるのが嫌な人用の「声をかけないでバッチ」
 会社の飲み会で、お酒をすすめられたくない人用の「今日は呑めませんバッチ」
う~ん。
商品を見ているときに声をかけられるのが煩わしい・ゆっくり見たい人、
人から勧められると自分から断れない人には好評だというが、
これって、いかがなものだろうか。
明らかに後のふたつは、『妊婦さんバッチ』とは質が違うように思うのだが。

バッチをつけることで、コミュニケーションをとっていると説明している人がいた。
私には、(極端な考えだが)コミュニケーションを拒んでいるように感じられた。
少しさみしい気持ちになった。

まあ、私はどのバッチもいりませんが。

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2008年4月16日 (水)

同じ店なのに

いつも笑顔でいることは難しい。
プライベートであれば自分の気持ちが顔に出ても、その結果は自分だけに返ってくる。
極端な言い方だが、他の人に迷惑がかからなければOKだろう。
しかし、これが仕事となるとそうはいかない。
プライベートで何があろうと、人と接する時は自分の気持ちを抑えなければならない。
『仕事に私情を持ち込まない』 やはりそれがプロというものだ。

先日、古本等の買取をしてくれる大手チェーン店へ行ったときのことだ。
思いきって部屋の整理をしていたら、出てくる出てくる大量のコミック、ゲーム、ビデオ。
古いものなので捨ててしまおうと思ったが、もしかしたらほしい人もいるかもしれない。
また、思い入れもあるので、ゴミの日に捨ててしまうのも忍びない。
「売れたらラッキー、ただでも引き取ってくれるだけでもありがたい」
こんな気持ちで、大量のコミックとゲームを持って店のドアをくぐった。

「古いものですが一応持ってきてみました。売る、なんておこがましいですから。
もし引き取って頂ければありがたいです。店頭に並べておいていただければ
もしかすると持っていく人もいるかもしれないし・・」
『うわっ、嫌な客』 自覚しながらも、こういうときって喋ってしまう。
言い訳をするようにベラベラと話す慣れない私に対して男性の定員さんが、
「そうですか、ありがとうございます、お客様。
これから査定を致しますので、少しお時間がかかります。
お呼びするまで店内をご覧下さい。」と、にっこり笑って言ってくれた。
安心した私は、名前を呼ばれるまで店内を物色。
結果、結構な金額で引き取ってもらえることになった。
「古いゲームなどは、意外に需要があるんですよ。
他にもありましたら、またお持ち下さい。」とにっこり顔の定員さん。(今考えたら店長さん)
とても得した楽しい気分で家へ戻った

この体験に気をよくした私は、これを機会に家の中の整理をゴソゴソと始めた。
大きな袋2杯ほどに不要なコミック、ビデオ、ゲーム、CDをまとめ、
リサイクルも兼ねているこのシステムに満足しながら、またその店に出向いた。
その日は先日の男性ではなく、若い女性の定員さんだった。
先日と同じように査定をしてくれるというので店内を見ようと振り返った瞬間、
私の背中越しに、女性定員さんふたりのクスクス笑いが聞こえてきた。
見れば、私の持参したビデオを手に取りクスクス笑っている。
話の内容は分からないが、あまり良い気持ちではなかった。
被害妄想ではあるが、自分が笑われているように感じられた。
『ビデオが古すぎたのだろうか。こんなもの持って来て迷惑だったのだろうか。』
次に嫌な気持ちは不安に変わっていった。
まだ、ふたりは何かボソボソと耳打ちしながら笑い続けている。
『何か不都合でもあるのだったら、ビデオを持って帰ろうかな』
徐々に私の気持ちは、怒りに変わっていった。
名前を呼ばれて、買いとりできるもの、金額がつかないものがあること、
金額がつかないものも引き取ってはくれることを説明された。
「それではお願いします」と冷静を装って答えた私に、
「それではこちらで処分いたしますから」とそっけない女性定員さん。
彼女の口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。
とても嫌な気分で家へ戻った

彼女には悪気はなかったのだろう。
また、クスクス笑いの内容も私に対してではなくふたりの会話だったかもしれない。
しかし客として店を訪れた私には、嫌な気持ちが残った接客態度だった。
同じ店を最初は良い気分で帰り、次は嫌な気分で後にした
店の人表情・態度で、こんなにも客側の印象が違ってしまうのだ

自分では思っていないことが、相手に違った印象で受け取られることがある
気をつけなくてはならない。

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2008年4月 4日 (金)

日光浴と外気浴

乳幼児の発育に必要な情報が掲載されている『母子手帳』から
日光浴をさせましょう」という文字が消え「外気浴」に変わった。
調べてみると1998年から、つまり10年も前に変更されていたことがわかった。

そもそも日光浴をすることで、紫外線が体内にビタミンDを形成し、
丈夫な骨を造るためには必要不可欠だと考えられてきた。
また、骨の老化を防ぐ為にも重要であると言われてきたが、実際は、
数分太陽光を浴びるだけでも、ビタミンDの1日に必要な量を生産することができ、
必要な栄養を取っていれば大丈夫なのだとか。
それよりも現在では、直射日光にあてるという紫外線を浴びせすぎることでおこる
皮膚のトラブルの方が深刻化されている。
そのため、外気浴のみで十分であるという考え方に変わってきた。

以上は、先日二人目を出産した妹から聞いたことだ。
時代の流れと共に、子育ても変化しているんだなあと驚いた。
そして子育てに限らず、時代や環境変化に伴って、
今まで良いとされてきたことが悪くなったり、
逆に悪いとされていたことが良くなったりするのだろうと思うと
考えさせられるものがあった。

話はかなり昔になるが、息子を6ヶ月健診に連れて行ったときのことである。
当時は10年以上前のことなので、もちろん日光浴はすすめられていた。
私も強すぎない日差しの中で、息子を時々日光浴させることがあった。
おかげさまで、息子は大きなトラブルもなく(その時点では)スクスクと育っていた。

健康診断のとき先生が、見るからに頑強そうな息子を見ながら、
私に向かって、たしなめるような顔をして言った。
「おかあさん。いくら日光浴が良いからといっても限度がありますよ。
何ごともさせすぎはよくありません。」

先生の言っている意味が理解できなかった私は、
「あの~、日光浴はさせてはおりますが、させすぎではないと思いますが。」
と、おそるおそる言った。

「だったら、この子の日焼けは何なんですか!
こんなに真っ黒じゃないですか。かわいそうに。
元気だからいいようなものの。これでさせすぎていないなんて・・」
明らかに怒りながら服を脱がしオムツをとった先生が、改めて息子を見て一言。

「地黒(ぢぐろ)か。」

「-------------。」

一瞬、シーンとした気まずい雰囲気にはなったものの
「元気に順調に成長しています。問題はありません」
ということで健康診断は無事終了。
先生からは、とりたててフォローの言葉はなかった。
私はというと、息子は機嫌よく笑っているし元気だから「まっ、いいか」
これといって言うことも思いつかなかったので、お礼を述べて帰ってきた。

あれから、かなりの月日が流れた。
生後6ヶ月で真っ黒だと言われた息子ではあるが、現在はそれほど黒くはない。
今、そのときのことを思い出すと、じんわり怒りがこみ上げてくる
私なのである。

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2008年3月17日 (月)

健康第一

健康には、けっこう気を遣っていると思う。
少し調子の悪い時は、とにかく自重することで
今の状態より悪くならないように予防している。
これは、「どうしても寝込むことが出来ない」という状況を体験して
身につけてきたものだろう。
だって、どんなに調子が悪くても、寝ていたくても、
「かあちゃん、ごはん」は、避けられない現実だからだ。

体重の変化にも敏感だ。
毎日、体重計にのってチェックをしている。
2kg増えたら要注意。
間食等を控え、身体を動かすことを心がけ、原状に戻す努力をしている。
健康管理にも強い意志が必要なことを実感しているが、
『お酒』をたしなむ(?)ことは、やめられない。

あまり寝込むことはない私ではあるが、
数年に1回くらいは、病院にお世話になることがある。

数年前、身体に力が入らなくなり、病院に行ったときのことだ。
父に車で送ってもらい、病院の待合室にフラフラと入って行った。
自分の身体が自分でないような、身の置き場のない私は、
人目もはばからず(気になんてしていられない)、長椅子にもたれ、横たわった。
待合室はかなり混雑しでいたので、時間がかかそうだと覚悟しながら、
口にタオルをあて自分の名前が呼ばれるのを、じっと待った。
順番とはいえ、心の中で、「早くしてほしなあ」と考えながら。

待合室で目をつぶっていると、おばあちゃんたちの会話が聞こえてきた。
これが、うるさいのなんの。
べちゃべちゃと3~4人で、ああだこうだと世間話をしている。
おばあちゃんたちにとっては、病院の待合室が『社交場』になっているのだろうが、
病院の待合室でべちゃべちゃ話すのは、マナー違反も甚だしい。
特に調子の悪い私の頭には、お喋りの声がガンガン響いて、涙が出そうになった。
いつもの私だったら、やんわり注意をしているだろうが、
そのときは、身体を起こすことも辛く、話もできない状態なので、注意どころではない。
「病院では静かにしてほしい。うるさい」と思いながら、
次の話を聞いたときに、愕然とした。

「あれ、今日は○○さん来ないねえ。」

「ほんとだ、まだ来ない。この前、今日は来るって言っていたんだけどね。」

「あれまあ、どうしたんだろうね。」

「調子でも悪いのかねえ。」

『そうか、○○さんは調子が悪いんだ。まあ、それは大変・・・
おいおい、おばあちゃん。今何とおっしゃいました?
調子が悪いのかって、確かにおっしゃいましたよね。
病院って、調子が悪いから来るところじゃないの?
ということは、おばあちゃんたちは調子が悪くないの?
そんなんだったら、診察の順番、譲ってくれ~。
私を先に、診てくれ-------!』

心の中で、声にはならない”のり突っ込み”を入れていた私だった。

話は変わるが、病院といえば、ペットの治療費の高いこと。
やれ、予防接種だ、フィラリア予防だ、と保険がきかない彼らには、
かなりの治療費がかけられている。
それに比べ、うちの息子。
昨年の治療費0円。(素晴らしい)
生まれてからの治療費合計が、うちの猫の1年分治療費にも満たってない。
なんて安上がり、そして親孝行。(ここだけは)

やはり、健康第一だ。

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2008年2月21日 (木)

大往生

曾祖母(ひいおばあ)のことだ。
彼女はマンガに出てくる『いじわるばあさん』のような性格だった。
これは親戚一同が認めていることで、少しひねた物言いをする人だった。
私は、そんなひいおばあが結構好きで、縁側でよく昔話を聞かせてもらったものだ。
なので私の中ではいじわるというより、
「とんちの効いた頭のよいひいおばあ」というイメージがあった。

ひいおばあは昔から気が強かったらしく、
連れ合いの曽祖父(ひいおじい:別名コムじい)と夫婦喧嘩が耐えなかったが、
それを見ている私達には、喧嘩というより、夫婦漫才にしか見えなかった。
いつだっただろうか、確か二人とも85歳を超えていたと思うが、
いつものごとく始まった喧嘩が、すこし口調の荒い夫婦漫才になった思ったら、
いつしか、どつき漫才に変わっていき、
なんと、ひいおばあに叩かれたコムじいが、血だらけになるという事件が起こった。
怪我は大したことはなかったが、頭の傷は血が多量に出るため、
ホラー映画のようになったコムじいに、びっくりしたことを覚えている。
家族でひいおばあを羽交い絞めにして事なきを得たが、
喧嘩の原因を聞いて呆れた。
なんでも、昔のコムじいの道楽(おそらく女)を思い出したひいおばあが、
売り言葉に買い言葉で、流血の惨事を招いたということだった。
かれこれ50年も昔のことを引っ張り出されて叩かれたコムじいって、一体。
苦労させられたことを根に持つ妻は、誰よりも恐ろしいものである。

しっかりした人だった。
多少のボケはあったが、90歳過ぎても縁側で縫い物をしていた。
耳も近いので、自分に対しての悪口は敏感に感じ取る能力には長けていた。
子供の私達が憎まれ口を叩こうものなら、100倍くらいの反撃があった。
また、その答えが、皮肉が利いていて上手いのだ。
憎らしいというより、座布団1枚用意したいような答えがいつも返ってきた。

私が高校2年生の時だった。
朝、ひいおばあは、外を竹箒で掃いていた。
「おばあちゃん、行って来ます。」
「ああ、気をつけて行っておいで。」
いつも通り、元気にあいさつをして学校へ向かった。
2時間目が終わったとき、担任が神妙な面持ちで私を呼んだ。
「早く帰りなさい。おばあさんが亡くなった。」
全くピンとこない私は、笑いながら、
「先生、何言ってるんですか。うちには死ぬようなおばあちゃんはいませんってば。」
と言ってから気がついた。
『おやっ、そういえば一人いたぞ。えっ?うそ!』

家へ帰ると、布団の上に、ひいおばあが寝ていた。
「うそ、おばあちゃん、死んじゃったの?」
「そうなのよ~。」驚きで現実がまだ受け入れられない母が言うには、
掃き掃除をした後、少し気分が悪いと言うので、縁側に腰をかけたらと薦めると
ひいおばあは、いつにもなく素直に腰をかけたと言う。
母が横に座ると、ゆっくりともたれてきたので、そのまま少し様子を見ていたところ
いつもと違う感じがしたので「おばあちゃん」と声をかけると
目をつぶって返事がない。
もう一度「おばあちゃん」と大きな声で呼んでみたが、返事がなかった。
とのことだった。

眠っているとしか思えない姿だった。
朝、声を交わしてから、ほんの数時間の出来事だった。
ひいおばあが亡くなったことは悲しいことだが、
こんなにきれいに人生の終焉を迎えられるなんてすごいことだ、と感動した。
まさに、大往生』と呼ぶにふさわしい最期だった。
ひいおばあちゃん、享年92歳。
私も彼女にあやかりたいと思っている。
でも、もしかすると、憎まれっ子世にはばかる』の言葉も合っていたかも。

PS:「コムじい」の由来は、またの機会に。

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2008年2月13日 (水)

忙しい時こそ『笑顔』

講義の中で、「忙しい時こそ『笑顔』で対応しましょう。」
なんて偉そうに話をしているが、この話しをするときにいつも思い出すことがある。

以前勤めていた会社で事務の仕事をしていたときのことだ。
息子が小学生になり、そろそろ長い時間で働きたいと思っていた矢先、
求人広告を見て、思いきって面接に行った会社でのことである。
その会社の業種経験も無く、出産・育児と、ブランクとリスクのあった私を、
度胸がいいというだけの理由で採用してくれた。
事務職とはいっても、社長以下数名の会社なので、営業事務、経理事務、総務事務、
秘書業務、営業、企画、教育と何でも一人でこなさなければならなかった。
今思うと、このときの経験が現在の私の仕事に関する考え方の基礎であり、
仕事の感を取り戻すきっかけにもなった。
お金を貰いながら様々な業務・職務を覚えることができるなんてラッキーなことだった。

いつの間にか、営業社員がいない昼間は事務所に一人でいることが多くなった。
気が楽な反面、忙しいときはパニックになりそうだった。
来客があるのに電話は鳴る。「うわ~!」と叫びたくなることもあった。
仕事をいかに効率良くするかということと、優先順位をつけて実行すること、
忙しいときこそ冷静に仕事を進める大切を、身をもって学んだ。
自分で言うのも照れくさいが、上手に仕事を進めていたと思う。
お客様に対しても上手く対応していると自負していた。

その日も朝からバタバタしていた。
大事な来客の対応を任されていた私は、他の用事が重ならないことを祈っていた。
しかし、そんな時に限って嫌な予想は当たるもの。予期せぬ出来事が起こるものだ。
来客、契約、クレーム電話と、できることから対応していった。
そして何組かお客様が来られていて順番に対応しようと思っていたとき、
もう一人お客様がやって来た。
このお客様は、一度見えられたことのある方で、お住まいはかなり遠方だ。
以前来ていただいたとき時間に余裕があった私は、充分な対応をすることができた。
しかし、そんな日ばかりとは限らない状況なので、
「今度来られる際は、前もって連絡をしてから来ていただけますか?」と、
わざわざ遠くから来ていただいても対応できないと申し訳ないという旨を付け加え
しっかりと説明をし、理解していただいたと思っていた。
『よりにもよってこんな忙しい日に来るなんて。どうしよう、困った、困った。』
そんな気持ちを抱えたまま、
「申し訳ありませんが、少しお待ちいただけますか。」と彼に伝えた。
その時の状況を察した彼は、はっとした顔をして、
「急に来てしまって、ごめんなさい。」
本当に申し訳なさそうな顔をして、土産のお菓子を手渡してくれた。
そしてぺこっと頭を下げて事務所を後にした。
それから数時間経って、他の対応が全て済み、彼のことを思い出した。
電話を入れてみたが出ない。
それから何度も連絡をしたが、その日はとうとう電話は通じなかった。

その夜私は、彼に対する申し訳なさで、眠ることができなかった。
布団の中で自分の対応を思い返してみた。
『忙しい状況はお客様だって理解して下さる筈だ。
あの状況でどうしたら一番良かったのか、何が一番いけなかったのか?
もしかすると自分では困った気持ちでしたつもりの顔が、
お客様には怒っている顔に見えたのかもしれない。
だからお客様は、はっとした申し訳なさそうな顔になったのかもしれない。
気持ちは顔に出るものなんだ。なんであんな態度をとってしまったのだろう。
なぜ笑顔で対応できなかったのだろう・・・。』
そんなことをあれやこれや考えて、後悔ばかりがグルグル回っていた。
お客様の対応が上手い、なんて自負していた自分の甘さを思い知らされた。

そしてその後連絡をし、私の無礼さ、自分の反省したことを正直に謝った。
「連絡をしないで行った私が悪いんですよ。」と言って下さったが、
私が悪かったことは言うまでもない。

いつも『笑顔』で対応することは難しい。
しかし『忙しいときこそ笑顔で対応』することを心がけたい。

私はあのときの、お客様の『はっとした顔』を、絶対に忘れない。

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2008年2月10日 (日)

調子が悪いとき

先週の金曜日から体の調子が悪くなった
昼食は普通にとったが、その後、資料の本を探しに行った本屋さんで
急に具合が悪くなった。
大好きな本屋さんにいるのにも関わらず背筋がぞくっとして嫌な気持ちになり、
わき腹あたりを脂汗が流れたような感覚があった。
活字が目に入らず、ぼやけて見えた。
急いで会社へ戻り薬を飲んで様子をみたが、パソコンに向かっていられない。
「これじゃあ仕事にならない」
自宅へ戻ることにした。

自宅へ戻り、上着を脱いだだけの状態で布団へもぐりこんだ。
あとは、
夕方まで記憶がない。
時折、飼っている犬と猫の声がしたような。
体の節々が痛くて、体の置き場がなかったことだけは覚えている。

今は、すこぶる元気だ。

金曜日は久しぶりに講義がなく、これからの資料づくりをしようと考えていた。
そして、土・日・月と三連休。
「少しのんびりできるなあ。」と思っていたら、この始末だ。
考えてみると、私が調子が悪くなるのは、決まってこういうシチュエーションだ。
何も予定がないとき。
明日から○連休でウキウキしている夜。
そして、夏季休暇・年末年始の最中。
ゆっくりできるときに限って、寝込むことが多い。

いつも、予定がなかったから良かった」と思うのだが、もしかすると
「予定がないから調子が悪くなる」のかもしれない。
『ふう、こんなもんだ。』
でもまあ、皆に迷惑かけないですんでいるので、良しとしないとね。

調子が悪くなると、改めて感じる健康のありがたさ。
いつも美味しくご飯が食べられて、
笑って話ができることって
素晴らしいことなんだ・・・と実感。

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2008年2月 6日 (水)

エレファントシンドローム

サーカスの象は、子象のときに逃げださないよう鎖をつけて杭に繋がれる。
子象は動き回りたいが、杭と鎖で動くことができない。
そして、だんだん無茶をしないようにしつけられ、逃げ出すことが出来ないと学習する。
やがて大人になった象は、子どもの頃と同じ杭と鎖に繋がれていても
逃げ出すことはないという。
その大きな身体と力で、子供の頃から繋がれていたちっぽけな杭と鎖なんで
壊していける力があるのも関わらず、だ。
何故だろう。

象は小さい頃に動き回れなかった経験から
「そんなことをしても無駄」だと悟っているからだという。
これを、エレファントシンドローム(エレファント症候群)という。

私たちも、自分の動ける範囲を自分で決め付けてしまっていることがある。
安全にできることを実行することは素晴らしいことだが、
もしかするともっとできるかもしれないのに、
自分で勝手に限界線を引いてしまっているのかもしれない。
人は『自分の思った枠』の中でしか動いていない。
自分で決めた枠の中でしか、成長も行動もできないのである。

では、思いきってその枠を広げたり、取っ払ってみたら。
自分の思っている常識や経験は「広げることができる、壊すことができる」
という可能性も持ち合わせていることに気づくだろう。

魚の水槽にガラスの仕切り板を入れ、片方に大きな魚A、
もう片方にその魚が食べる小さな魚Bを入れる。
AはBを食べようとするが、ガラスにぶつかり痛い思いをする。
何度も何度も繰り返し、Bを食べようとするが食べられないことを学習する。
そしてある時、ガラスの仕切り板を取り除いてみる。
一緒の水槽で泳いでいるのにAはBを食べようとはしないという。
AはBを食べられないということを、経験で学んでいるからだ。
では、Aが再びBを食べるようにするにはどうするのか。

答えは簡単、「野生のA」を水槽に1匹入れるのだという。

時には学習し、心に歯止めをかけることも必要だと思う。
しかし、枠を取っ払って行動する方が良いこともある。
それを自分自身で見極めて行動すること、
セルフコントロールする能力を高めたいものである。

「私も杭と鎖に繋がれたままの象ではだめだ。」
静かに呟いた。
「むしろ『野生のA』に近いんじゃないの。」
どこからか、こんな声が聞こえてきたのは、
気のせい?

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2008年1月11日 (金)

心理テスト「旅のお供」

講義の始めや中間で『心理テスト』を組み込むことがある。
始めは、聴講生が初対面や緊張している時のアイスブレイクに、
中間は、聴講生が「疲れてきたな」と見受けられた時のコーヒーブレイク(?)に。
それではここで、つかみのクイズ形式の『心理テスト』をひとつ。
想像して下さい

 あなたは、ライオン、ウマ、ウシ、ヒツジ、サル、この5匹を連れて旅に出ます。
 しかし途中、街に着くごとに、1匹づつの動物とお別れしなければなりません。
 悲しいのを我慢して、1匹を街に置いて旅立つことにしました。
 あなたは、5匹の動物を、どんな順番で置いていくでしょうか。

さて、どんな結果だったでしょうか?
ちなみに私は、「ライオン→ウシ→ウマ→サル→ヒツジ」の順番だった。
私の中では、ヒツジとサルは弱そうなイメージだったので最後まで残すことにした。
そしてライオンは、他の動物を襲いそうなので最初にさよならした。
ウシとウマだと、ウマの方が使えるかなと考え、ウマを次に残した。
最後の2匹は大変迷ったが、サルは次郎君の顔が浮かんできたので、
「きっと誰かに可愛がってもらえるだろう」と、苦渋の決断で街に置いていくことにした。
そして私はヒツジを負ぶって、その先の旅を続けようと決心したのだった。
なんかドラマティックになってしまったが、これは私の考えだ。

講義で皆さんに結果を聴くと、人それぞればらばらだ。
5匹の動物を選択するだけでも、これだけの考え方の違いがあるのかと、
大変面白くて、興味深い。

実は、この動物には象徴するものがある。
   ライオン→プライド   ウシ→お金   ウマ→仕事 
   サル→子供   ヒツジ→配偶者・恋人      
      である。
というわけで、この心理テストからわかることは、置いていった動物の順番の逆から、
現在の自分の価値観の強いものということになる。
つまり初めに置いていった動物の象徴するものが、
現在の自分には、一番価値観が低いことになる。

しかし、これはあくまでもクイズ形式であるので、深く考えすぎないでほしい。
もしかすると、今日の答えと、明日の答えが違うかもしれない。
月日が経って考えたら、もっと答えが違ってくるだろう。
数学だったら答えは一つだけかもしれないが、
これは誰がどんな順番にしても誰も困るわけではない。
人の数だけ考え方があり、人の数だけ答えがある。
人それぞれ答えが違って当然で、自分で考えた全ての答えがOKなのだ。

注目したいのは、たった5匹の動物の組み合わせにも、
その人の考え方や個性が表れることではないだろうか。
「一人一人が違う価値観や考え方を持っているから面白い」と、私は思う。

会社の同僚が奥さんに試したところ、奥さんは迷わず最初にヒツジを置いたそうだ。
「あたっている」と言いながら、どこか力なく笑っていた。
また学生がお母さんに試したところ、最初にサルを置き去りにされたと訴えてきた。
理由を尋ねたら「だって、キャッキャッとうるさいから」とのことだったそうだ。

もしよかったら、あなたも誰かに試してみてはいかがでしょうか?
しかし、くれぐれも、これはクイズであるので、
結果は、(右から左へでも)軽く受け流してほしい。

(注)この心理テストの結果がもとで、あなたの気持ちが落ち込むことになっても、
   テストした相手と、喧嘩・仲たがい・言い争いになったとしても、
   当方では一切の責任を負いかねますので、あしからず。

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2007年12月28日 (金)

失敗回避動機

先日紹介した「成功回避動機」とは別に『失敗回避動機』というものがある。
これは、成功を犠牲にしても失敗しないようにするという深層心理だ。
こんなたとえ話がある。

昔昔あるところに、塔の上に住んでいるお姫様に恋をした兵士がおりました。
お姫様は兵士に声をかけました。
「私のもとへ100日通ってくれたら、私はあなたのものになります。」
それからというもの兵士は、日照りの日も、雨の日も、お姫様のもとへと通いました。
月日が流れるのは早いもので99日が過ぎました。
そして、ついに100日目がやってきました。
お姫様は兵士が来るのを待ちました。
しかし、兵士は現れませんでした。

何故、兵士は現れなかったのだろうか。
兵士の心にどのような気持ちが芽生えたのだろうか。

兵士は考えたかもしれない。
「明日で100日が来る。やっと、お姫様は私のものになる。
しかし、果たしてこれでいいのだろうか。
これまで育ってきた環境の違うお姫様を、私が幸せにできるだろうか。
いいや、上手くいくはずがない。
明日お姫様の元を訪れなければ、今のままで済む。
今ならまだやり直しができる。このままいい思い出で終わることができるんだ。」と

成功が確実ではない場合、失敗を恐れるあまり行動をおこさないこと、
この心理が『失敗回避動機』である。

小学生の頃、先生から「学級委員をやったら」と言われたのに、
「私にはできません。」と断ったことがある。そのときは、
「学級委員なんて私にできるだろうか。上手くいかないに決まっている。
きっと上手くいかなかったらクラスの皆から色々言われるだろう。
だったらやらないほうがいいや。」という気持ちだった。
今考えると失敗回避動機に違いないということがわかる。
そして「めんどくさいや」という成功回動機も入っていたと思う。
また、学級委員を断ったのにも関わらず、
「先生から言われたけど断ったの」と皆に言い訳がましくいったことも覚えている。
心の奥に「私には能力があるし先生からも認められているのに自分で断った」
という気持ちがあったのは間違いない。

みんな口を揃えたように
「この子は、やればできる』んだけれどね。」と言う。
私もずっとそう言われ、自分の力を自負し胡坐をかいていた。
でも、『やればできる』ということは『やっていない』ことに気がついた。
やればできる=やっていない=やる気がない=できていない=できない
ということが、やっと分かってきた。

私のモットーは、
『やらずに後悔するより、やってから後悔しよう』
『失敗しても死なない』である。 *‘死ぬ’は忌まわしい言葉ですがあえて自分の経験から使っています。

失敗回避動機や成功回避動機を避け、
これからも、いろんなことにチャレンジしていく気持ちは失いたくないと思う。

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2007年12月19日 (水)

成功回避動機

シンデレラのサクセスストーリーのその後を想像してほしい。
(くれぐれも、ディズニーの続編とは頭を切り替えて)

①苦労する星の下に生まれたシンデレラは、結婚後も夫の浮気や姑のいじめに
 悩み耐える生活が続きましたとさ。

②幸せな生活もつかの間、育った環境と価値観の違いから、結局は王子様と別れ
 お城から出て行ってしまいましたとさ。

③典型的な玉の輿をしたシンデレラは、誰もがうらやむ優雅で贅沢な日々を 
 幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

④人々から愛されたシンデレラは、多くの国民から支持され、トップレディーとして
 活躍をすることになり、大きな成功をおさめましたとさ。

さあ、皆さんはどれを選んだでしょうか?

誰でも成功を望んではいるが、実は深層心理では成功をわざと避けていることがある。
失敗と同じように成功にも大きなプレッシャーやストレスを伴うからだ。
周囲からの期待や高まる要求、ポジションのキープのための努力、嫉妬や妬み、等。
そうした成功のマイナス要素を、心のどこかで恐れ、わざと成功しないように
自分をコントロールしていることがある。
「会社でチーフを任されると辞令があったが断った。だって、めんどくさいから。
それに責任があると後が大変になるしね。私は今のままで十分。ほどほどがいい。」
これは、私が実際に知人から聞いた言葉だ。

せっかくのチャンスなのに自分から尻込みし、上手くいきそうになると逃げ出し、
やる前から空しくなったり、どうせ無理、やるだけ無駄と考えてしまう。
そういった後ろ向きな気持ちが、
成功を自ら避けてしまう心理、『成功回避動機』といわれている。
(こういった気持ちは多かれ少なかれ、皆がもっているものかもしれないが。)

実は、上記の選択で、皆さんの『成功回避動機』の度合いがわかる。
それでは分析といきましょう。

成功恐怖タイプ
 「うまくいくとろくなことがない、いいことの後には不幸がやってくる。」
 こんなふうに、ついつい考えてしまうタイプ。
 あなたはまさに、成功回避動機の持ち主といえる。
 あなたが失敗する原因はこの深層心理のせいかもしれない。
 まず自覚して!自覚するだけでそこから抜け出すことができるはず。

成功見送りタイプ
 「世の中甘くない」「どうせ無理」といった猜疑心や諦め思考が強いタイプ。
 かなりの成功回避動機をもっている。粘り強さがもう少しあれば、手に入ることも
 「縁がない」「運がない」とみすみす手放しがちだ。
 後ろ向きになっている時、自覚が出来れば、前向きに変わるきっかけになりそう。

失敗安心タイプ
 「成功してもその後がちょっと心配」になっていないだろうか。
 誰もがうらやむような成功をおさめても、心の底では気が気でなかったり、
 それがなくなると正直ホッとしてしまう気持ちが芽生えるタイプ。
 僅かな成功回避動機が潜んでいる。しかしそれほど強くないので、普通に努力する
 こともできる。全体的にバランスがとれ、失敗してもあまり落ち込まないですむかも。

成功に酔えるタイプ 
 「失敗なんてするはずない。いいことがあれば更にいいことがやってくる」
 成功の不安には無縁で、成功の美酒にとことん酔うことができるタイプ。
 成功回避動機はない。実際に成功を手に入れる可能性も大。
 しかし自分のことしか見えず、周りの人の反感をかう傾向があるので要注意。

ちなみに私は④を選択した。
おそらくは、皆さんの予想通り・・。 

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2007年12月17日 (月)

ヘルプとサポート

ヘルプとサポートの違いを本当の意味で理解するのは難しい。

ヘルプは出来ない人のために、助ける、援助する、救助する等、
その人に代わってやってあげることを意味する。
そしてサポートは、人を「できること」を前提に傍で見守りながら支持、支援、
人がより良くなっていく為に必要な時だけ手を貸すことを意味している。

子供に魚を捕って調理して食べさせることが「ヘルプ」
子供に魚の捕り方・調理方法を教えることが「サポート」

「あれもこれも何でも私がやってあげる」と相手に接すると、
『何でもやってくれるんだ→きっとやってくれるさ→どうせやってくれるんだ→
自分でやらなくてもいい→あれもこれもやって→うざい、めんどくさい』となり、
「これ一緒にやってみよう。どうしようか?」と相手に接すると、
『よーしやってみよう→こうするのか→今度は自分でやってみよう』となる。

上記のように、すんなりいくとは限らないが、
始めから手を差し伸べているヘルプは、相手の問題解決能力を奪い
逆にサポートは、相手の問題解決能力を養うと言われている。

自分に置き換えて考えてみると反省することばかりだ。
私の性格は、よく言えば思いやりがあり、人の面倒見が良いことだが
その反面、人に対してお節介で押し付けがましいともとれる。
「いいよ、私がやっておくから」と、自分では好意のつもりで行動していることが
相手の能力や自主性を奪っていることにもなりかねないのだ。
これはまずい。
たとえ自分がやったほうが早くきれいにできるなと思っても、
相手が望んでいないのに、口に出したり手を差し伸べるのはダメなのだ。

ヘルプはその場限りでは効力を発揮するが、一時しのぎにすぎない。
しかし、長い目で見たときサポートは次に繋がる何かを残す。
相手にとって良い影響を与えるのはどちらか?
よく見極めて行動したいものだ。

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2007年12月10日 (月)

小児科のお医者さん

朝の情報番組で注射を受ける子供たちを放映していた。
いつもはやんちゃなのに泣き出してしまう子
ひょうひょうとしていて全く表情を変えない子
子供たちの様々な表情が見られて興味深く、面白かった。

その中で、あるお母さんが発した一言が気になった。
「ごめんね、ごめんね、痛かったね。ごめんね、ごめんね。」
いったいお母さんは、何について謝っているのだろう。
痛い注射をさせてしまったことについて後悔して、子供に謝っているのだろうか。
それとも注射が痛かったことを子供に詫びているのか。
私には、全く意味が分からない。

注射は、病気になってしまったから、もしくは予防のためにしているのであり、
子供の健康にとっても、必要なものであろう。
なので私は、「ごめんね」等と謝る必要はないと思うし、
はっきり言えば「子供に対してかける言葉が違っているんじゃない。」のである。
泣いている子供に対してかける言葉は、どれが正しいと決めることは難しいが、
今回の「ごめんね」は、私の頭の中には存在しない。
こんなことをあれこれ考えていたら、
私のかかっていた、小児科のお医者さんとのエピソードを思い出した。

私のかかっていた小児科は、バスで10分程のところにあった。
こじんまりとした個人病院で、待合室はいつもたくさんの人で溢れていた。
待合室には、絵本や図鑑が置いてあり、それらを読むのが楽しみだった。

ここの小児科では症状により、尿検査がかなりの頻度であった。
始めはこれが私のウィークポイントだった。
緊張しているわけでもないのに看護婦さんからコップを渡されると、出ない。
結果、私は検査が出来ず、「出るまで待つ」を余儀なくされる。
痺れをきらした母が病院の隣にあった駄菓子屋でジュースを買ってくれ、
それを、少し嬉しいなと思いつつ飲んで待っていたことを、覚えている。
それからというもの「病院で尿検査があればジュースが飲める」に味を占めた私は、
パブロフの犬のごとく、同じことを繰り返していたという。(まさに条件反射)
尿検査がないものなら、「尿検査をやってほしい」と訴え、
母は大変恥ずかしい思いをしたそうだが、私の記憶にはない。

小児科の先生は、はっきりとした言葉で目を見て話をしてくれる、おじいちゃんだった。
熱が高くてふうふうしている私に、
「身体の中の悪いものを、熱がやっつけてくれているんだよ。
今は苦しいけれど、こうやって身体が強くなっていくんだよ。丈夫になるんだよ。」
と話してくれたことは、私の中で強い記憶として残っている。

その先生がものすごく怒った時のことは、今も鮮明な映像で蘇る。
注射をした子供がものすごく泣いていた。その子供におかあさんが、
「ごめんね、ごめんね。痛い注射をした先生が悪いね。先生、いけないね。」
と言ったのだ。すると、顔を真っ赤にした先生が、
「あなたは何を言っているんだ。病気になったのは誰のせいでもない。
注射は治療で行っている。なんで私が悪いのだ。子供にはしっかりと話しをしなさい。
そういう言い方をするようだったら、ここへはもう来ないでもらいたい。」と言ったのだ。
言われたお母さんは、ポカンとしていた。
ここまでは鮮明に覚えているが、あとは記憶が曖昧だ。

現在、小児科医が大変減っているという。
小児科は子供の病気だけでなく、保護者にまで気を遣うセクションだと窺い知れる。
先生たちも、きっと敬遠してしまうのだろう。無理もない。

治療を直す先生と、言いたいことを伝えられる私のようなおばちゃんカウンセラー。
この二者がタッグを組むと、「小児科最強チーム」になると思うのですが。
いかがでしょうか?

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2007年12月 3日 (月)

ポリープ見つかる

毎年受けている会社での健康診断結果を見て愕然とした。
『再検査→胃にポリープの疑い』 それはもう、大騒ぎだ。
他の数値は平均値内オールAだったが、バリウム検査のレントゲンで引っかかった。
そして、内視鏡検査が決定した。つまり『胃カメラ』だ。

私はバリウム検査が大嫌いだ。(好きな人は少ないが知人で一人好きな人がいる。)
特にバリウムを飲む前の炭酸の粉のようなものを飲んだ時に
「うっ、ぷっ」となる、食道から胃付近の胸の感覚がたまらない。
痛い、辛い、重い、そういった感覚なら、まだ我慢できるし理解できるが、
何と表現したら良いかわからないような、その感覚が、私はどうも苦手だ。
だから胃カメラを飲むなんて、身震いがした。
胃にカメラが入って撮影するなんて、考えただけでも恐ろしい。

これを機に、周りの人々が自分の胃カメラ体験談情報を親切に(?)教えてくれた。
「もう二度とやりたくない。もの凄かったんですよ。」 (えっ、何がもの凄いの?)
「麻酔が効いていたので気がついた時は終わっていました。」 (やってもいいかな。)
「痛くて、辛くて、気持ちが悪くて、散々だったよ。」 (え~、やりたくない。)
「あんなもの、へでもない。お前なら大丈夫だ。」 (いったい私の何を根拠に。)
「う~ん。(渋い顔に薄笑いを浮かべ)何ともね~。」 (絶対に面白がっている!)
周りの皆さんの暖かいコメントのおかげで、
私の不安は一向に解消されないまま、胃カメラ当日を迎えた。

まあ、当日を迎えてしまえば仕方がない。
そこは今まで生きてきた年月・経験は伊達ではない。
「こうなりゃ、まな板の上の鯉だ。」ごとく、冷静に病院で準備を始めた。
私は、今流行の眠っている間に検査を行えるものではなく、
意識がありながら検査を行うタイプを医師から薦められ、そちらを選択した。
まず喉の麻酔、そして腕からの麻酔で、多少意識をぼやっとさせるという。

腕から麻酔薬を半分入れた。
「意識がぼーっとしてきましたか。」と先生。
「いいえ、まだはっきりしています。」と私。
「そうですか、それではもう半分入れますね。はい。意識がぼーっとしていますね。」
「それが、まだハッキリしています。変わりません。」
「おかしいなあ。」と首をかしげる先生。

様子を見ながら検査は進んだ。
しかし私の意識はハッキリとしている。
時々「おえっ」とはなるものの、思っていたよりは辛くない。
途中の映像も、自分の目でしっかりと確認し、先生の会話も全部理解できた。
10分程度で検査は終了し、終わってみれば「こんなもんか。」が感想だった。
「1時間はゆっくり眠って下さいね。」と看護師さんに言われたが、
全く眠くならず、かえって目はランランとし、ベットに横たわっていた。

結果だが、胃に7~8個のポリープが発見された。
その後の検査でもポリープは良性のものとわかり一安心。ほっと胸をなでおろした。
ストレスで出来たものらしく、このまま経過を見ることで落ち着いた。
心配してくれた皆さんにも良い報告ができて、よかったよかった。

実はこの検査でもう一つ分かったことがある。
「お酒は好きですか。」先生に訊かれた。
「たくさんは飲みませんが、嫌いではありません。」と謙虚に答えた。
「稀にいるんですよ、麻酔が効かない人が。お酒の強い家系ですかね?」
周りの親族を思い浮かべると、酒の弱い人がいないことに、はたと気がついた。

胃カメラの検査で、私の家系の酒の強さが証明されることになった。

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2007年11月 6日 (火)

花を長持ちさせる方法

花を長持ちさせるためには、
「きれいな言葉をかけてやるとよい」と、聞いたことがあるだろうか。

「きれいだね。美しいね。素敵だね。」と声をかけた花と
「きれいじゃない。汚い。変だね。」というようにひどい言葉をかけた花では
前者の方が長持ちするのだそうだ。

人にも同じことが言えるのではないだろうか。

「がんばってるね。努力してるね。よくやったね。」などの前向きな言葉と
「なにやっているんだ。ダメじゃないか。こんなこともできないのか。」
というような否定的な言葉では、どちらが言われて嬉しいだろうか。
もちろん人によって価値観は違い否定的な言葉でも奮起できる人もいるが、
やはり褒められれば嬉しいのが人情だ。
褒める言葉・肯定的な言葉は人を成長させると言われている。

日頃から「肯定的な言葉を使いましょう。」などと言っておきながら
思い返すと、家族、特に息子にはひどい言葉をかけている自分がいる。
悪いこととは思いながら感情が入ってしまい、売り言葉に買い言葉で、
言ってから後悔することしかりだ。
 「なにやってるの。だからあんたは・・。いつもそうじゃない。
 だから何をやってもだめなの。ほんとにもう。あ~あ、何度言われたらわかるの。」
口に出してはいけないと思っている言葉のオンパレードだ。

これでは、花が長持ちするはずはない。
大きな花を咲かせる前に枯れてしまう。

しかし、ひどい言葉をかけるより、もっと花が早く枯れる方法もあるという。
『誰も見ていないところに花を置いておくこと』だと。

ということは、声をかけないよりも、ひどい言葉をかけるほうがまだましなのか?
「な~んだ、よかった。」
いいえ、よくはない!
大きな勘違いも甚だしい私である。

自分の使っている言葉に責任をもたなくてはいけないと、多いに反省した。

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2007年10月19日 (金)

シロクマのことは考えないで

「たくさんの人の前で話をする時、緊張しませんか?」と、聞かれることがある。

私の場合、何故だか分からないが、全然緊張しない。
体質なのか、遺伝なのか、「神経が無いからだ。」ともよく言われる。
これは子供の頃からで、むしろワクワクした気持ちになるから不思議だ。
(もしかすると、このワクワクが緊張なのかもしれない。)

講義でも『緊張』について尋ねることがある。
すると過半数の人が「緊張する」に手をあげることが多い。

そこで一言  「今日一日、絶対にシロクマのことは考えないで下さい。」

こんなふうに言ったら、
皆さんの脳裏には『シロクマ』が浮かんできたのではないだろうか。

そうなのだ。わざわざ言われると、嫌でも頭から離れなくなることって結構あるのではないだろうか。また、それまでは気にも留めていなかったのに、気になりだしたら、気になって気になって仕方がなくなってしまったこととか。

だから、「緊張しないように、緊張しないように」と頭の中で繰り返し考えていたら、
「かえっていつもより緊張してしまった」なんてことがよくあるのだ。

人というのは頭で考えたり、思っていることと行動が逆になること、
人から言われたこことは、間逆の反応をしてしまうことがよくある。
「この穴のぞくな」と書いてある穴を覗いてしまったり、
「決して見ないで下さいね」と言われた、お爺さんとお婆さんも、襖をあけてしまったり、
「見るな」と言われると見たくなってしまうのが、人の心理なのではないだろうか。

緊張しない一番のこつは、何も考え無いことだと言われている。
また、「緊張してもいい」のである。
そもそも、「緊張してはいけない」ことも「緊張は悪い」ことでもないからだ。

『自分が緊張するか緊張しないかを分かっていること』が重要なのかもしれない。

もしかすると、
「私のことは全部忘れて。」という別れ際の言葉は、
「私のことを忘れないでね。」という逆の気持ちが込められているのでは、
そんなことをふと思った、今日この頃。

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