2009年2月 2日 (月)

『20世紀少年』コミック全巻 大人買い

念願の『20世紀少年』コミック全巻が手に入った。
正確に言うと『20世紀少年』コミック全巻息子大人買いしてきた」だ。

「読みたい」という気持ちを自重していた。
もし購入するとしたら、おそらく始めは謙虚に5巻くらいに止めるだろう。
しかし私の性格からすると必ず、次を読みたい気持ちに歯止めがかからなくなり
何度も本屋を往復した挙句、全巻を手に入れるのは時間の問題だ。
更に、もし売り切れで”ない巻”があったら大変なことになる。
思いつく限りの本屋を周り、手に入れるまで努力を惜しまない。
そして、読み始めたらとまらない。
一気に全巻を読みつくし、他のことは一切目に入らない。
朝までかかっても読み続ける自信がある。

以上の予想と、これまでの豊富な実体験を踏まえ
プラス現在の生活・仕事状況を考慮し、手に入れることを泣く泣く我慢していた。

そんな私のいたいけ(?)な気持ちを知ってか知らずか
よりにもよって息子が全巻を大人買いしてきてしまったのだ。
やった!
素直な気持ちは隠せない。
「うわ~すごい。やったじゃん。嬉しい。でかした」
満面の笑みで、これでもかと息子を褒めちぎる、なんてげんきんなの。

実は息子も以前から是非読みたいと思っていたとか。
購入しようと探したものの、最近、映画化で注目度も更にアップされていたため
全巻が揃っている店は見当たらなかったそうだ。
しつこくて、こだわる性格が私の遺伝をもろに受けている息子は
1巻でもぬけていると、購入することに二の足を踏んでいたようだ。
ネットオークションでも、新刊で購入するのと殆ど変わらない高値がついている。
これだったら新刊を予約したほうがいいなと考えていた矢先、運命の出会いが。
良く行く古本屋の高い棚の上を見上げると
そこにビニールで包まれた『20世紀少年全巻』があったそうだ。
長身の彼が思わず手を伸ばしても届かなかった高さに置いてあってので
気がつかなかった人が多かったことも幸いした。
店の人に「必ず買います」と手を売ってから購入するお金を下ろしにいったという。
よしよし、よくやった。

まずは購入者の息子をたてて、彼が読み終わるまでは待つ。
さすがの私も先に読むのは気が引ける。
終わった巻をすかさず、読み始める。

うわ~おもしろい。
ワクワクドキドキしながら、時間も忘れて全巻を読み切った。
大満足。

映画は観ていない。
しかし当分、観ないでおこうと思う。
今はコミックから伝わってきたイメージを頭の中でグルグルさせているだけで
随分楽しめそうだから。

実は他にも大人買いしたいコミックがある。
どうしてもほしい。
でも、今は我慢だ。
「また、息子が買って帰ってきたりして・・・」
と、ムシがいいことばかり考えている私だった。

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2008年9月22日 (月)

『Paradise Kiss』

コミックが大好きで、様々なジャンルを読みあさる。
小学生から「少女フレンド」「なかよし」「リボン」等を愛読していた。
(恥ずかしながらつい数年前まで続いていた)
現在は週間雑誌は買ってはいないが、
気に入ったコミックはジャンルにとらわれず大人買いしてしまう。

最近の女性漫画家では、矢沢あいさんの作品も注目だ。
彼女の作品で一番知名度が大きいのが『NaNa』だろう。
映画化、アニメ化され、社会現象とまで報道されたので知っている方も多いはずだ。
私個人としては彼女の作品はNaNa以前のものが好きで、
『マリンブルーの風に吹かれて』   『天使なんかじゃない』
『ご近所物語』   『Paradise Kiss』  と、自慢じゃないが全部持っている。

ファンになったのは『天使なんかじゃない』の影響が大きいが
今日は『Paradise Kiss』について語ってみたい。
なぜかというと、
この作品の登場人物”ジョージ”のモデルになった人に会ったことがあるからだ。

余談だが、矢沢さんの描くキャラクターの中でも
私はジョージがお気に入りベスト3に入っている。
少し変わった、というより表現は悪いが少し『変態』なところが大好きなのだ。

ふとしたきっかけで、私も教えている専門学校の先生がモデルということがわかった。
彼が学生だったときに、矢沢あいさんの取材を受けているので間違いはない。
初めて聞いた時には、正直ショックだった。
彼が、良いとか悪いとかではなく、
憧れのキャラクターのモデルが実際に近くにいることが考えられなかったからだ。
どこか心の中にモヤモヤを感じていた私は、
タイミングよく開催された『交流会』という名の飲み会で、その先生に突撃取材をした。

髪の毛はブルーだったのか  カラーコンタクトを入れていたのか
アトリエは持っていたのか  自分のブランドはあったのか
高校生をスカウトしてモデルに使ったのか、そしてその子は彼女になったのか
イザベラのモデルもいたのか
マンションを所有していたのか  オープンカーで学校へ通っていたのか
男女問わず博愛精神をもって接していたのか    その他もろもろ

先生にしたら迷惑極まりなかったことだろう。
酒の勢いに任せたおばちゃんに、根掘り葉掘りマニアックな質問を
せっかくの楽しい飲み会で浴びせかけられたのだから。
にもかかわらず彼は、私の質問に嫌な顔をせず答えてくれた。
聞いた内容では、事実30%、脚色70%といったところだろう。
そして、自分が口に出した言葉が実際に活字になっていることや
ジョージというキャラクターが美化されていることが恥ずかしいと照れていた。
また、このことが学生にも知られ、生徒から『ジョージ』と呼ばれることに
なんかくすぐったい思いと、戸惑いがあるとも話していた。
自分が違ったキャラクターとして媒体で表現されること。
実際に体験したら、おそらく彼と同じような感覚になるんだろうなと思った。

「ひとつだけ、どうしても言っておきたいのですが、
私はコミックの中のジョージのような女性との付き合い方はしていません。
彼は少し変わっていますよね。
言葉は悪いですがちょっと『変態』じみているところがあるように思える。
私はもっと真面目ですから」
彼が真剣な眼差しで話してきた。

奇しくも私が感じていたことと同じ言葉が先生から飛び出した。
「大丈夫ですよ先生、あれはかなり書き手の趣味が入っていますから」
そうですよ、誰もあんな変わった趣味があなたにあるとは思いませんってば。

そう答えながら(思いながら)実は少し残念な気持ちの私だった。
複雑なファン心理である。

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2008年5月 1日 (木)

トリケラトプスはピンク色

以前トリビアの泉で”恐竜の色は絵を書く人が好きな色でぬっている”と出題された。
これには、びっくりした。
調べてみると、発見された化石から恐竜を復元しているが
唯一、色だけは確実なデータがないのでわからないとか。
そのため実在する爬虫類・両生類・鳥類等から推測して恐竜の色を決めているそうだ。

へぇ~、恐竜の色ってわからないんだ。
じゃあもしかすると、ティラノサウルスはエメラルドグリーンで、
トリケラトプスはショッキングピンク、
そして、プテラノドンがワインレッドなのかもしれないんだ。
う~ん、でもなんかイメージが違うなぁ。
あまり強そうに見えないし、かっこ悪いよな。

そもそも、私たちの恐竜に対するイメージはどこから作られたのだろうか。
実際に自分の目で恐竜を見たことがない私たちにとって
子どもの頃から目に入ってくる図鑑の絵や影像から作られたものではないのだろうか。
しかし、恐竜の色はわかっていないのだから、
このイメージ自体が違っているのかもしれないのだ。

例えば、トリケラトプスは体の形から象やカバが連想される。
そのため、トリケラトプスは殆どがグレーっぽい色で表されている。
私たちは子どもの頃からその色に親しんできた。
だから『トリケラトプスはグレー』と決めつけている。
でも、本当は『トリケラトプスはピンク色』なのかもしれない。
「わからない」という事実から考えれば、だ。

これってまさに『先入観』なのではないのか。
子どもの頃から慣れ親しんできたことが、知らず知らずのうちにすり込まれて
事実かどうかわからないことでも「そうに違いない」と思ってしまう。
それが正しいことなら良いが、正しくないことだってあるかもしれない。
良い慣習にもなるが、悪い慣習にもなりうるので注意しなければと思う。

もし子どもの頃から見ている図鑑に
トリケラトプスがピンク色で載っていたとしたら、
トリケラトプスはグレーの方が「イメージが違う」と思うんじゃないのかな。
ピンク色の方がかっこよくて強そうに・・・
ごめんなさい。
先入観だと思っていても、やっぱりそれはない。
想像すると、ちょっと間抜けで可愛いなと、クスッと笑ってしまった私だった。

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2008年4月 2日 (水)

『そして誰もいなくなった/Ten Little Indians』

アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』の中で
マザーグース童謡『Ten little nigger boys went out to dine』が引用されている。
この作品は、もともとは ”Ten Little Niggrrs”のタイトルで発表されたが
Nigger という言葉の人種差別を考慮し、Ten Little Indians”となったという。

物語は、見ず知らずの10人が、謎の人物により孤島に招待されたことから始まり
マザーグース童謡の歌詞通り、一人ずつ殺されていく。
そして最後には、島には誰もいなくなってしまう。
後に警察が調査に入るが、誰が10人を殺したのかはわからない。
なぜ全員が殺されなければならなかったのか。
犯人の動機は、目的は。
犯人はどうやって犯行を行ったのか。
そして一番の謎、犯人は一体誰なのか。
その後、猟師が拾ったボトルに入っていた犯人の告白文によって
真相が明らかになる。

このように童謡等に準えて事件を装飾していく手法は『見立て』というもので
推理小説の中でよく使われる方法だ。
日本だと、横溝正史の「悪魔の手まり唄」 「獄門島」 「犬神家の一族」はなじみ深い。
アガサ・クリスティーもこの手法をよく用いていて、マザーグースに限れば、
「ヒッコリーロードの殺人」 「ポケットにライ麦を」 「5匹の子豚」 「25羽の黒つぐみ」
などが挙げられる。

10人のインディアン ごはんを食べに行ってひとりがのどを詰まらせて 9人になった
9人のインディアン 夜ふかしでひとりが寝坊して 8人になった
8人のインディアン デヴォンを旅してひとりが残ると言ったので 7人になった
7人のインディアン まき割りでひとりが自分をまっぷたつにして 6人になった
6人のインディアン 蜂の巣で遊んでいてひとりがまるはなばちに刺されて 5人になった
5人のインディアン 法律の勉強をしてひとりが訴訟にまきこまれて 4人になった
4人のインディアン 海に行ってひとりが赤いにしんに呑まれて 3人になった
3人のインディアン 動物園に行ってひとりが大熊に抱きつかれて ふたりになった
ふたりのインディアン ひなたぼっこをしていてひとりが焦げついてしまって ひとりになった
ひとりのインディアン ひとりぼっちで暮らしていたが結婚したので
だあれもいなくなった

それにしても不思議で恐い詩だ。
残酷な言葉を、聞き逃してしまうほどさらっと無邪気に表現している。
こういった『たわいもない』表現が、私の恐怖心と想像力を更に煽る。

『そして誰もいなくなった』は、
言葉遊びを使った物語のテンポが小気味良い。
言葉遊びに翻弄される人々の描写が興味深い。
「もし猟師がボトルを拾わなかったら、事件は迷宮入りだっただろう」
読者にそう思わせる作品だ。

推理小説+マザーグースといえば他にも色々あるが、
ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』が有名だ。
この本のなかでは、
「Who killed Cock Robin? 誰が殺したのクックロビンを」を引用している。
これを初めて見たときに、
『パタリロ』しか浮かんでこなかったのは、私だけ?
パタリロの劇中に必ず出てくる「クックロビン音頭」を
私は振りつきで唄って踊ることができるのだ。
♪だ~れが○○○、クック・ロビン   

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